The Economist, Nov 28th 2019

ラグジュアリーの限界に挑戦するLVMH

宝飾コングロマリットはさらに輝くことができるのか

あらゆるものを持ち合わせたラグジュアリーグループには何をプレゼントしたらよいのか? ダイアモンドをもっと、ということらしい。11月25日、既にグローバル・ラグジュアリー業界最大の猛獣であるLVMHがティファニーの買収を発表、ウォール街の株仲買人たちは、ガールフレンドを婚約者に転位するチャンスを増やすべく小金をつぎ込んでいる。この米ブランドはパリジャンのグループにとって76番目のメゾンとなり、ルイ・ヴィトンやディオール、ヴーヴ・クリコのシャンパンと肩を並べることになる。この先幾つのブランドが、LVMHのトップかつ最大株主ベルナール・アルノーの企業傘下に収まるのか。

取引は無傷の宝石に匹敵するほど高値だった。LVMHは負債含めて169億ドルを支払うことになり、これはティファニーにとって約4年分の売上にあたる。にもかかわらず、お似合いの婚約にふさわしい熱狂をもって買収は報じられた。かつてはヨーロッパ域内の同族企業が牛耳る家内工業に過ぎなかったラグジュアリー産業は、幾つかの巨大コングロマリットが治める聖域となった。過去数十年間、よく知られたブランドがLVMH、或いはケリング(グッチやバレンシアガなどが所属)やリシュモン(カルティエやモンブランを所有)の手中に収まるたび、不可抗力感が生じていた。

ティファニーの買収は、ラグジュアリー産業の頂点に位置するLVMHの地位をさらに強化する。30年前にアルノー氏が経営を掌握して以降、同社の勃興は常に眩さと共にあった。過去5年間で株価は3倍に上昇し、中でも2019年1月以降で6割高値をつけている。その価値は約2,060億ユーロ(25兆円)に上り、LVMHは今やロイヤル・ダッチ・シェルと並びEU拠点では最大規模の企業となった。

LVMH株式の半数近く(つまり安定多数の議決権)を一族で所有するアルノー氏は、ヨーロッパ一裕福な男と呼ばれる。フランス北部の炭鉱集落であるルーベに出自を持ち、家族の経営していた建設会社を不動産業に鞍替え、次いでラグジュアリー産業に進出した。1980年代、負債含みの服飾業資産リストの一部としてディオールを買収すると、その後LVMHの経営権も握る。「カシミアを纏う狼」は、パリにあるフランク・ゲーリー設計の美術館で一般公開中の美術コレクションから、完璧にデザインされたクリスチャン・ディオールのスーツや、幾つかの新聞社に至るまで、数十兆円の資産にふさわしい全てを手にしている。

「グローバリゼーションと貧富の格差に伴って顕在化した、構造的メリット享受層をLVMHは独占している」と、リサーチ会社Bernsteinのルカ・ソルカ氏は言う。その成功は、適切なタイミングで、適切な産業において、適切な規模--巨大ということ--であったことの帰結である。

まず産業について。ラグジュアリー製品(ハンドバッグ、高級腕時計、エルメスのスカーフなど)の売上は、1996年以降年率約6%で成長している(コンサルタント会社Bain調べ)。2019年市場規模は2,810億ユーロ(約34兆円)に達すると推測される。中国人客--2000年には殆ど見向きもされなかったが、今日では全売上の3分の1を占める--は、このバブルに多分に寄与している。

規模により恩恵の差が出てくる。マーケティングのみならず、きらびやかな目抜き通りに構える店舗の、目が飛び出るような家賃にも高額の固定費用が発生する産業において、販売力は利益率へと直結する。LVMHは過去20年間で、業界平均の倍近い成長率を達成し、昨年には460億ユーロ(約5.6兆円)を超える奢侈品を販売した。これは、直接の競合であるケリングやリシュモンの売上の3倍以上にあたる。

ティファニーを買収するのに、ある意味でアルノー氏以上の適役は見当たらなかった。事業規模による優位性は、安物の小商いには起こり得ないことだからだ。これは一見すると奇妙に思えるかもしれない。一般消費を担う業種と比較すれば、ラグジュアリー界の企業統合はコストカットやシナジー効果の機会をほぼ創出しない。例えば、ティファニーの時計がルイ・ヴィトンの店舗で売られることなど誰も期待していない。

だが、ブランドがコングロマリットの一員になると出来ることが増えてくるとアナリスト達は考えている。ティファニーを例に取ろう。同社の株主は、経営陣に対して利益率改善と売上の即時増加をうんざりするほど要求し続け、過剰なほど改善努力を促してきた。LVMHはティファニーに時間と資金を与えると明言しており、例えば店舗のリノベーションやハイエンドマーケットへの攻勢を目指すことができる。LVMHはイタリア宝飾ブランドのブルガリに対して同様の事例をとったことがある。今週アルノー氏は、ブルガリの利益高が2011年のLVMH買収以降で5倍に増えたことを発表した。LVMHグループが各ブランドの業績を開示することはなく(アニュアルレポートでは細かな財務状況よりも、おびただしい宝石をまとったモデルの写真のほうに多くのページが割かれている)、クリエイティブ集団が四半期ごと目標の達成に追われるプレッシャーを和らげている。

規模はまた、より平凡なアドバンテージももたらしてくれる。例えば中国の新しいモールの家主との交渉時には、コングロマリットのほうが影響力が大きい。雑誌の広告掲載料には有利な価格設定を強要できる。Eコマースサイト構築の莫大な費用を折半することも可能になる。

こうした優位性は、さらなる合併の示唆となる。しかしLVMHおよび他社にも限界が存在する。ひとつは供給源だ。コングロマリットが熱望するような永続的ブランドには文字通り長い歴史が求められ、ゆえにその数は極めて限られる。シャネルやロレックスのような、独立性を保っているブランドはその地位を必死に守っている。アルノー氏はこの課題に対して、ラグジュアリー産業の範囲を微妙に拡大していく(例えばホテル業への進出)ことにより対処している。

もう一つの限界は、特にLVMHにあてはまるが、どんなグループでもあれだけ多くの異なるビジネスをコントロールできるのかという問題だ。他業種においてコングロマリットは重厚長大とみなされ、時代遅れになっている。ケリングは昨年、スポーツウェアブランドのプーマを放出してスリムダウンした。今のところは、風潮が帝国解体ではなく構築に向いている。リシュモンとケリングが繁栄を加速させるために合併するのではないかと見る向きもある。

LVMHは変革なしに存在し得ない。ラグジュアリー産業の将来は不確かだ。中国での成長は永遠に続くものではない、とりわけ貿易摩擦が続くのであれば。ドン・ペリニヨンを嗜む層ですら、景気後退の影響を感じている。インスタグラムとサステナビリティに関心を持つミレニアル世代の関心を惹くため、マーケティングは進化していかねばならない。オンラインでの消費は更に増え、そこにはアマゾンやアリババのような巨象が潜んでいる。

LVMHの利益の半分はおそらく単一ブランドから、つまりルイ・ヴィトンが生み出している。アルノー氏は、LVMHが家族経営であり、彼の子供のいずれか(4人がラグジュアリー産業に属している)が後を継ぐことを明確にしてきた。齢70にして、彼は確固たる地位に留まっている。だが時がたつに連れ、アルノー氏の後継者が、欲望の対象を鞭打つ彼の才覚まで引き継げるかという問題が焦点となってくるだろう。

そして、ラグジュアリーブランドは、これからもより多くの人々に、その威信を失うことなく販売し続けられるのだろうか。これまでは可能だった。しかしアルノー氏が形成に寄与したラグジュアリー産業は、時を超えた価値に満ちることを追求せんとはしているが、若い産業である。必需品ではない海外の美しい品々を人々に購入させるべく豪勢に投資することで成長を遂げてきた。時代に即したビジネスモデルの元型である。だが、時代が変化した際には何が起こるのか。

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