他ジャンルの語法で音楽レビュー・香水編
あぁ、Pet Soundsが嗅ぎてぇ。モノラルで、くっさくて、ぶっ濃いハーモニーがたくさん出てくる……。
失礼、申し遅れました。
どうも、しろみけさんです。普段は音楽ライターの末席として活動しているのですが、近ごろ不満に思うことがあるんですよ。
音楽って、嗅げない。
実は私、音楽と同じくらい香水が好きなんです。なにか特別な体験をしたわけではないのですが、妙に惹かれるんですよね。
時間を見つけてはデパートの香水ゾーンに向かい、鼻体力(はなたいりょく)が尽きるまで嗅ぎ、手首がお留守ならテストし、心を奪われたら購入……正直、音楽よりお金を使ってるかもしれません。
瓶を“お迎え”(※界隈では新規で香水を購入することをこう呼びます)する瞬間は、アタシみたいな非経済的強者が唯一デパートと繋がれる瞬間でもあります。いやぁ、消費って本当にいいもんですね。
その点、音楽。音楽って、全然嗅げない。
ライブパフォーマンスが視覚的に訴えるくらいで、複製化されたものは無味無臭です。無理やりCDを嗅いでも、赤ちゃんのヨダレで作ったおせんべいみたいな匂いしかしないもん。もっとムスクとかチュベローズとか、嗅がせてくれませんかね?もっと鼻を使って音楽を味わいたいんです。そうすれば、もっと一つに……。
まぁそれでこの前行ったんですよ、サロパに。今年のサロパはリベルタパフュームが台風の目でね…ってあれ?もしかして、サロパをご存知でない???
伊勢丹が開催する、一年に一度の香水の祭典・サロン ド パルファン(通称・サロパ)。新宿本店を皮切りに、秋から冬にかけてゆっくりと全国を巡回していきます。先日新宿本館&メンズ館で行われた回には50ブランド超が出店、さらにはここだけの限定商品やスペシャルブース(リベルタパフュームはコーヒーを売ってたよ)など、どんちゃん騒ぎで鼻を酷使しまくる一大イベントなのです。
もちろん私も朝一番で伊勢丹新宿店へとイン。メゾン クリヴェリの限定品を紳士淑女の皆様方とのエスカレーター徒競走に勝利して購入したのち、隅まで舐めるように会場を歩いていました。
それで香水の紹介文を見て思いついたんですよ。「こうすれば嗅げるじゃん?」って。
香水の紹介文って、抽象的な香りを文字情報によって伝達しようと試行錯誤して作られたものなんです。そしてそこでは独特の語法、つまり“らしい”表現が沢山用いられています。
ほら、音楽レビューとかでもあるでしょ?「空間を切り裂くような緊張感を持つ演奏と、普遍的なメロディをハイレベルで融合させた楽曲、そして、瞬時にフロアを支配する存在感と高い演奏技術で構築されるライブパフォーマンス」とかさ。そういう界隈の中で瞬時に通じる符牒のようなものが、香水の紹介文にもあるのです。
つまり、香水の紹介文と同じ語法で音楽について書けば、嗅覚に響くレビューになるのでは???
だってだって、例えばceroの高城さんも新作で「ビュリーの香水の説明文にインスパイアされた」と語ってましたし、案外遠い領域じゃないと思うんですよ。
(編集部注:ビュリーとはフランスの香水メーカーです)
視覚化されていない、実像のないものを文章で表現する試みは、詩作やレビューに限らず様々な領域で行われてきたこと。香水の紹介文もまた、 “香り”という目に映らないものを文章によって伝達しようとする試みです。抽象と具体の間に置かれる文字として、音楽のレビューと香水の紹介文はある意味似てると言えるでしょう。
ともかく、この方式を使えば音楽を嗅げるはず。実験として、そうですね…ビーチ・ボーイズ『Pet Sounds』とか嗅ぎたくないですか?「理解されづらい名盤」として名高いアルバムですけど、それって多分聞いてるから難しいんですよ。ここはもっとダイレクトに、鼻腔から『Pet Sounds』を摂取するように接することができれば、即座に理解できるのではないでしょうか?
そこで今回はビュリーの紹介文に倣って『Pet Sounds』のレビューをしてみたいと思います。
いやぁ素晴らしいデザイン。持ち運ぶことなんて一切考慮されていない、アンティーク家具のような風格がありますね。ビュリーは「オー・トリプル」というコレクション名を香水に冠しており、その全てがアルコールやエタノールを使用していない水性なのです。なので肌が弱い方には真っ先にオススメしたいですね。
まず借用したいのはこちら、『フォレ・ドゥ・コミ』の紹介文です。雨上がりの地面から立ちのぼる匂い「ペトリコール」から着想を得た、土らしさと青々しさが入り混じった一品です。紹介文はこちら。
わ、詩人の引用してきた!さすがビュリー、世界観の構築が完璧です。
ではこれに『Pet Sounds』の要素を当てはめてみましょう。
どうでしょう?ゴマノハグサの耳に水が、すべり込みましたか?
詩の引用はそのままに、香料を楽器に当てはめ、香りの遷移していく様をアルバムと紐付けてみました。なので最後は「Caroline, No」で〆です。深緑の靄を漂うような、神秘的な側面が表れているのではないでしょうか。
次はこちら、『ミエル・ダングルテール』です。ハチミツの甘さとシダーウッドのスパイシーさを濃密なアンバーが支える、なんとも甘辛い一作。紹介文はこちら。
めっちゃブリティッシュ強調するじゃん、さては貴様ビートルズ派か?まぁいい、『Pet Sounds』の要素をここに当てはめてみましょう。
ジャケットの話になっちゃった。どうやら『Pet Sounds』の有名なジャケットはサンディエゴの動物園で撮影されたそうです。最終段落のロマンチックコメディに関する箇所は案外そのままでも良いというか、「素敵じゃないか」から始まるアルバムらしい雰囲気にはなっているんじゃないかと。
では最後、個人的イチオシの『ローズ・ドゥ・ダマス』です。ローズの香りを中心にジンジャー、ベチバー、シダーウッド、ムスクと畳かける一品。紹介文はこちら。
また詩人だ!十字軍とか言い始めてるし、イマジネーションが止まりません。ではここに『Pet Sounds』の要素を当てはめてみましょう。
小ネタを入れつつ、ブライアン・ウィルソンを「音楽偏執家」呼ばわり。『Pet Sounds』を聞き込んでいる諸氏の神経を逆撫でするような文章かもしれませんが、耳よりも鼻で本作を味わっている私には、もう怖いものなどありません。
いかがでしたでしょうか?皆さんもぜひ、五感で『Pet Sounds』を味わってみてください。それでは。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?