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音楽づくし「White Waltz」

70年代になると多くのジャズミュージシャンが「電化」していくのは音楽好きなら誰しも知っていることと思う。エレキギターやシンセサイザー、エレクトリックトランペットまで、様々な電子楽器を使った「エレクトリック・ジャズ」を一斉に始めたのである。
当時、旧来のジャズファンはこの流れを大変嫌い「電禍」と称した人さえいたそうである。これは世界中で見られたが、特に日本においてはエレクトリックジャズへの反発はすさまじいものであったらしい。このあまりにも極端な日本人の「電化嫌い」には実は理由があり、それは尾堂恒彦の”White Waltz”の発表が発端であるといわれている。

尾堂は日本のジャズファンにはよく知られたトランペッターである。彼の名を知らなくとも、曾根田カルテットの1967年作”Impact”で演奏していると言われればピンとくる方も多いだろう。
フリージャズにいち早く影響されたピアニスト・曾根田哲也の右腕であり、後に「スピリチュアル・ジャズ」と呼ばれることになるミュージシャン達に影響されたこの頃の彼のスタイルは今でもファンが多い。またセンスと腕前は相当のもので、1963年に弱冠22才で作り上げたソロデビュー作”Odo Plays”は「彼がいる限り、日本のジャズミュージシャンたちはマイルス・デイヴィス率いる我々米国ジャズ界とも対等に渡り合える可能性がある」と海外から評された程である。

また尾堂の大きな特徴として、60年代後半以降は当時の比較的マイナーなサイケ・ロックからの影響も色濃く受けている点が挙げられるだろう。特にSilver Applesを参考にして生み出したギター用エフェクターをトランペットにかける方法は、現在でも脈々とトランぺッターに受け継がれている。これはImpact期後半の曾根田カルテットのライブで初披露されたが、ディストーション由来のノイズ交じりの音像は当時すでに賛否両論であったらしい。

しかしこの方法論を進化させ、ソロ作として発表したのがWhite Waltzである。スタジオで貸し出されていたドンカマチックをBPM160以上で動かし、その上でエフェクターが強くかかったトランペットを演奏するものである。(アルバム名もドンカマチックのリズムプリセット”Waltz”を多様したことからつけられている)

全曲ジャズスタンダードであるもののその原型はほぼなく、B面に収められた”Waltz for Debby”の15分にわたる演奏は強くかけられたディストーションとフリージャズに傾倒した尾堂のトランペット捌きによってほとんど轟音といえるものである。

このような全編ノイズともいえる内容は当時の人々には全く受け入れがたいもので、新時代のジャズの旗手と捉えられていた尾堂の変貌に失望した。翌年発売された続編”Black Tango“でこの不評は決定的なものとなり、以降尾堂はジャズ界から半ば追放される形で表舞台から姿を消した。

White Waltz / Black Tangoはその直前に発売されたマイルスの”Bitches Brew”の影響下のものとして捉えられ、日本のジャズファンたちは”電禍”ジャズを期待の新人を死なせた音楽として10年近く敵視することになるのである。

一方、前衛音楽・サイケロックの音楽家が数年後に再発見し高く評価されていた。実際70年代後半に関西スカムシーンで出回っていたという某有名ノイジシャンの手によるディスクガイドでは必聴盤10選の中の一つとして選ばれていたという。同書では「ノイズの中の歌心」を体現した存在であるとしている。

そして21世紀に入り、インターネット上で全く別の音楽分野からの再評価も進んでいる。それはデジタルハードコアである。
既存の曲を機械的なビートとともに高速・ノイズ化した初期の例として、尾堂は元祖として祀り上げられているのである。時代とジャンルが音楽家自身に一致していなかった悲しい一例と言えよう。


※以上の音楽は存在しません。


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