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松本隆みたいな文字を書きたい

一昨年くらいだろうか。日長Twitter(現𝕏)に明け暮れていた私の目に一本の動画が飛び込んできた。


作詞家として高名な松本隆が松田聖子の名曲"Sweet Memories"の歌詞を清書している動画である。


ただ文字を書くだけの動画なのだが、オーラが凄まじい。可愛らしいのにどこか気品ある文字列にくぎ付けになる。


はっぴいえんど「風街ろまん」歌詞カードP5より

思えば、日本語ロックの金字塔たるはっぴいえんど風街ろまん」の歌詞カードも、当時バンドでドラムを叩いていた松本隆の手によるもの。脱力感と品の良さを併せ持ったこの字がアルバムの雰囲気を確固たるものにしている。知らなかった方も、是非上の画像を見てその威厳を感じ取ってほしい。

この字のユニークさは本人もよく理解しているらしく、過去には氏が作詞された「瑠璃色の地球」の歌詞とともに大きく自分の書き文字をあしらった新聞広告の掲載もしている。

すなわち、松本隆みたいな字を書ければ新聞にも載れるのである。



そこで、

松本隆平仮名練習方眼を作った。


こちらは漢字練習帳と同じ寸法で松本隆氏の文字を練習できる優れもの。
練習できるのは平仮名だけだが、松本隆作品は平仮名を多用するため十分である。これで練習し、松本隆の文字を己が手の内に入れよう。

制作にあたっては「風街ろまん」の歌詞カードにある松本氏の字を一つ一つ切り抜き、手作業で方眼に置いていった。ぬくもりを感じろ。

ちなみにこれをノートとして業者に頼み製本しようとしたが、諸々の都合上断念。せっかくなのでノート用に作ったページも載せておきます。


昔使ったノートのオマージュ
某学習帳のような豆知識ページ




練習開始!


字の形はもちろん、はねと払いにも気を付けつつ練習していく。
なんとなく見ている時は意識していなかったが、こうやって実際に書いてみると松本隆の文字にはかなりの癖があるのがわかる。

例えば「あ」の字。

二画目でややはねており、三画目で払っていない。終わり方がやや直線的なのも特徴的なポイント。


再現が難しい字だったため方眼の外にも練習している

特に二画目のはねの具合が難しい。本物よりはねすぎてしまうか、はねが弱くなりすぎてしまうのである。


試行錯誤を繰り返すうち「はね」の部分は分けて書いたほうがそれっぽくなることが判明。松本氏本人も分けて書くのだろうか。だとしたら偉人と凡人との差を見せつけられたような気がする。


癖が強いのは「」。

ぱっと見ただけで異様さがわかるだろう。三画目をここに置く人を初めて見た。外国人が書く横線入りの7みたいである。友人がこの「か」を書いていたら、少し不安になってしまうはずだ。
ただ、逆にこういうキャラの濃い文字はマネしやすい。この企画には好都合である。

また、癖にもある程度の一貫性が見てとれる。

例えば「に」「け」「ほ」「は」は共通して一画目と二画目を必ず連続させて書いている。まるでフォントのよう。同じテクスチャを使うことで脳内のバイト数を節約しているのだろうか。


もちろん整った字も多い。「と」なんか歩兵の裏みたいな字だ。

また書いていく中で感じたのはその払いの少なさである。

文字の中で本来「払う」べき箇所は基本的に「止める」。ストイックささえ感じてしまう。
何かあるのではと思い筆跡心理学を調べたところ、やはりというべきか短い払いは理性的で自己抑制が強い性格の現れらしい参考

またもう一つ気になる点と言えば全体的に右上がりの文字であること。

私自身は逆に右下がりの字なので真似る際ついつい右下がりに書いてしまう。この点には意外と苦労してしまった。
これも筆跡心理学的な意味があるらしく、右上がりの字を書く人は物事を素直に受け止めるタイプらしい。

この2点を纏めれば松本隆は、
物事を的確に表現する知性とあらゆるものを受け止める感性がある人
なのだろうと推測できる。
この人物像はまさに作詞家のそれ。人となりが如実に字に表れているのだ。まあどこまで筆跡心理学があてになるか分からないが……

ちなみに右下がりの字を書く奴は天邪鬼らしい。前言撤回、あてになるかもしれない。


そしてコツコツやり踏破。


このノートおかげで、ここまで松本隆に似せて書くことができた。

細かい部分は色々違うが、「同一人物が数年を空けて書いた文字」くらいにはなっているように感じる。悪くはないんじゃないだろうか。一週間弱の練習でこのくらいなので、数か月やればかなりのレベルに達しそうである。
有名人のそっくりの筆跡を偽造するサイン詐欺師がオークションサイトに蔓延っているそうだが、彼らも方眼紙で夜な夜な練習しているのかもしれない。

勿論、松本隆風文字を使って松本隆氏が書いたことのない文章を書くこともできる。

もはや古典の領域に入りつつある手垢塗れのミームだが、この文字で書くと美しい言葉遊びにさえ思えてしまうのは気のせいだろうか。ネタツイなのに。


あとさっきの画像の文字も、私が真似て書いた文字から方眼用紙の罫線を消したものです。



実践編

では実際松本隆ファンにも通用するのか、試してみよう。


今回話を伺うことにしたのは友人の音楽ライター・JMXさん。JMXさんは過去に邦楽オールタイムベストをTwitter上で決める企画をされていた方。それ故様々な音楽に精通しており、もちろん松本隆も大好き。


EPOCALC(筆者。以下E):松本隆ってどこから聴きはじめましたか?

JMX(以下 J)Kinki Kidsの硝子の少年じゃないですかね。山下達郎と作ったやつ。ここが初松本隆の人も多いんじゃないかな。

E:初山下達郎がこの曲という人も多そうですよね。

J:その後日本のロックを取り上げている本ではっぴいえんどの存在を知って、地元の図書館で2nd(風街ろまん)を借りましたね。手書き歌詞カードを見た時、妙に印象に残る字だなあと思いましたね。その時は誰が書いているのか知りませんでしたが。

E:やはり松本隆の字は妙に印象に残るものなんですね。

J:そうですよねえ。楽曲単位だったら、木綿のハンカチーフとかスピッツ草野さんと作っていた水中メガネが好きですね。

他にもJMXさんに松本隆愛を語ってもらったが記事の長さの都合上、泣く泣く割愛。JMXさんなら私の松本隆レベルを測ってもらうのに不足はないだろう。


E:では、こちらをご覧ください。

J凄いの出て来た。

E:これは「はいから」を連呼する「はいからはくち」の歌詞カードから取った「はいから」です。

E:ただし!3つだけ私の書いた「はいから」が紛れています。それを当ててもらいたいです。

J:3つあるの!?この企画のために敢えて歌詞カードを見てこなかったけれど、素直に予習すればよかったな……

Eでは考えてみてください!(※みなさんもご一緒に!)


J:まず⑨が違うのはすぐ分かる。他より字が太いからね。


J:あとは①かな。言葉にしにくいけど、「鋭さ」がないような気がする……。あと一つが難しいなあ。

E:制限時間とかはないので、じっくり考えてください。

J:こうやって一つ一つ字を見てみると意外と字に癖があるんですね。歌詞カードだと整っている印象がある。

はっぴいえんど「風街ろまん」歌詞カードP8より

E:歌詞カードだと字の位置にも気を配っているようですからね。

J萩原恭次郎の「死刑宣告」(※)とかに影響を受けているのかも。
※ダダイズムの詩集。レタリングや字の配列も考えた、視覚的にインパクトのある表現が特徴。

J:う~ん、最初④かと思ったけど字を似せるのにさすがにここまで崩さないか。そうすると⑦かな。これだけ浮き上がって見える。

E:そうすると、JMXさんの回答は①⑦⑨ですね。では正解はこちらです!


E: 僕が書いたのは……


…….


①⑥⑨です!

他ははっぴいえんど「風街ろまん」より

かくして松本隆ファンを騙すことに成功した!(3つの内1つだけだけど)





こうして赤の他人の文字を真似てみると、その人の人となりや癖などパーソナルな部分を知ることができたように感じた。書心画也という四字熟語があるように、文字というのはその人の魂を表しているのかもしれない。
皆さんも好きなアーティストの書き文字練習帳を作って、是非自分の手で憧れの文字を書いてみてください。きっと未だ知らない魂の部分に触れられるはず。

そういうわけで、各新聞社さん、松本隆の字が書けるEPOCALCにご依頼お待ちしております。


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