HSS型HSPが、非HSPのともだちと5日間旅をして4日で限界を迎えた話
目次
・5日間の旅を終えて
・1日目
・2日目
・3日目
・4日目
・5日目
5日間の旅を終えて
前にレンタカーを借りて、北海道の道東(釧路⇒摩周湖⇒網走)観光をしたことがある。旅人は2人、HSS型HSP傾向の強い私と、10年来の友人である10歳弱くらい下の声がおおきく感情表現豊かな友人の2人である。
4日目に私が限界をむかえ、友人に対するアレルギー反応がでた。一緒の空間で寝泊まりすることや、話しかけられることが耐えられなくなってしまったのだ。
別行動にして物理的な距離をとりアレルギー反応をコントロールしようとしたが、すでにコップの中にたまっているアレルギー物質は満タンで、少しの摂取でも反応がでてしまう。5日目に空港で別れるまでアレルギー反応は続いた。
このアレルギー、私の特徴をちゃんと把握しておかないと、今後の人生のQOL(生活の質)に大きく関わる。
私は友人が嫌いなわけではないのだが、その時は全力で逃げ出したくなった。友人も戸惑う。どういう条件で起こったかを把握しておくことで、生きるのが楽になるはず。1日目からの違和感を書いて、頭を整理しようと思う。
北海道1日目 釧路駅
空港で友人と待ち合わせをし、友人は興奮しておりしゃべり続けていた。この時点で、胸やけを感じる私。
連絡バスを待っている間、友人のすぐ隣に座ったのも、近すぎて嫌な感じがしていた。友人が私の異変を感じたのか気を遣って「お店とか見てきていいよ」と言ってくれたが、その気遣いすらわずらわしく感じた。「何をする、しないは私が判断して決めるから、放っておいてくれ」と思っていた。
飛行機はそれぞれでとったので、座席は別。友人はチェックイン時に座席を隣にしようとしていたが、人がいっぱいでできなかったらしい。私はほっと胸をなでおろした。飛行機の座席の距離感ですぐ隣に知っている人がいると気絶しそうになるほどの不快さがあるから。私は、マスク×アイマスク×耳栓で自分の世界に入った。
釧路空港から釧路駅までの50分程度のバス移動は、友人の隣に座った。飛行機の自分時間でだいぶ充電できたので、マスク×アイマスク×耳栓で友人がすぐ隣にいる不快さが軽減されるかもと試してみたかったから。
バス自体が苦手だが、なんとかなった。途中の「大曲」バス停で下車し、おいしいと評判の回転ずし「まつりや」に行った。念願だった北海道の寿司。何を頼んでも、ネタが大きくうまみが凝縮されている。友人と興奮しながら次から次へと頼んだ。
友人が、高額な皿を3皿立て続けに頼んだ時、私は「?これも割勘?」と思った。私は寿司は好きだが、ウニやホタテ、カニといった単価の高いネタは好きではないので、すし屋に行ってもそんなに値段が行かないことが多い。友人の勢いで割勘だと私がだいぶ損をするなと思い、私も頼み続けた。
友人は若いのもあって、私が「おなかいっぱいになってきた」と言った時に、「え?まだ全然食べれるけど。あと一周いけるけど。」と言っていて、いやいや、もうすでに20皿は積んでるよ?やはり私は「?彼女の大食いも割勘?」と嫌な感じがした。
ネタは最高においしいし、こんな素敵な寿司を食べられる機会もそうないから、とりあえず吐きそうになるまでおなかに詰め込んだ。
すし屋から釧路駅までは30分ほど歩くか、バスに乗るかだが、食べ過ぎて体調を崩しそうだったので私は歩いていくと友人に伝えた。すると、「キャリーが大変だから」と歩くのを迷っている様子。「私は歩き、あなたはバスがいいんじゃない?」と提案し、私は一足先に歩いて駅に向かった。
釧路の街は、小さい頃のイメージ通り「わびしい」「さみしい」においがした。私の父は釧路出身で、私は小さい頃よく釧路に来ていた。
日が入らず、薄暗く、祖母のお香の香りがする、お世辞にもきれいと言えない祖母の家。トイレはぼっとん、トイレットペーパーホルダーが無く、ペーパーは部屋から持参する。夜トイレに行くときの緊張感は忘れられない。
あるとき、トイレットペーパーの平らな円の部分をトイレの下に置いてしまい、母からめちゃくちゃ怒られたことがあった。貧困すぎる経験。
当時を思い出しながら歩を進めていくと、釧路駅が見えた。ぐるっと迂回して、反対側のホテルへ。味のある懐かしい感じのするホテル。部屋がとても狭く、トイレから若干においがしていた。
このクオリティなかなかないぞと思いながら、一人で先に大浴場へ。アイマスクと耳栓をし、早々に眠りについた。
夜中暑さで目を覚ますと、友人が「全然寝れない。隣のへやからいびきが聞こえてくる。」と言っていた。私は寝れないなら寝れないで電子マンガを読んで過ごす。誰かにその事実を口に出して伝える習慣がない。友人の真意はなんだ?心配してほしいのか、気持ちを受け止めてほしいのか、ただ口に出したいだけなのか…、と余計なことを考え始めて、その余計な思考のきっかけとなった友人に対して不快な気持ちをもった。
再び眠りにつこうとしたら、友人の言っていたとなりの部屋のいびきが気になりだし、今度は私が眠れなくなった。私は壁の薄い部屋では生活できない。
1日目のふりかえり
・繊細だからずっと一緒にいるのはしんどいとあらかじめ伝えたが、そうじゃない人には理解ができないので、いちいち伝える必要がある。
・航空券は別々にとる
・飛行機の座席は別々がよいと友人にあらかじめ伝えておく
・部屋も別々にとり、ひとり一部屋にする
・ニコイチマインドを憎んでいることをあらかじめ伝えておく
・いつでも話しかけられる距離感にいることがしんどいと伝えておく
・いつでも話しかけてよいと思われるのがしんどいと伝えておく
・駅近のホテルは友人が歩きたくないという理由で選んだが、ホテル自体別の方がよい。
・すし屋での食事はカウンター席の隣同士にして、別会計で頼むのがよい。
・声がおおきく勢いがある人と一緒にいると、私のアンテナがビンビンに振れてしまう。ノイズがかかった状態になり自分の心の声がかき消されてしまう。静かで落ち着いた環境で決断をしたい。
北海道2日目 釧路市場飯⇒阿寒湖アイヌコタン⇒道の駅⇒網走
釧路駅周辺でレンタカーを借りて、釧路魚市場の釧ちゃん食堂へ。
大きいホッケの定食¥1200に舌鼓をうち、再びレンタカーへ。友人が睡眠不足なようだったので、私が運転した。
釧路周辺は鹿ロードで、鹿の道路への飛び出しが非常に多いらしい。緊張しながら、まずは北西にある阿寒湖まで、40~50キロのドライブ。
阿寒湖のアイヌコタンではアイヌの文様の美しさに目を奪われつつ、商業化されきっていない昔懐かしい様子に驚いた。色々とアイディアは浮かぶものの、商業化され働き方が変わり収入が増えることを、ここの人たちが望んでいるのか、ここの人たちにとっていいことなのかはわからないと思った。
アイヌコタンから北上し、網走へ。
途中、道の駅「あいおい」があり、吸い込まれるように、10割そばを食べ、クマヤキというタイヤキに似たおやつを購入。豆腐もおいしそうだった。
友人が、寒いから車で食べようと言ってくれたが、私はひとりで外で食べたかったので「私車好きじゃないんだ。外で食べてくる。」とひとりで景色の良いところへ。
再び車へ。40~50キロ北上し網走へ。また途中道の駅「メルヘンの丘女満別」へ吸い込まれ、安くて種類の多いジャガイモに興奮、友人はソフトクリームを購入。
「アイスそんな好きじゃないんだけど、頼まなきゃと思って」「乳製品そんな好きじゃないんだけど、おいしいみたいだから試してみようと思って」と言いながらアイスを食べていた。私は「基本自分情報が多いんだよな。説明いらんから黙って食べてくれないかな」と思っていた。
そこからまた北上し網走湖周辺のホテルへ。150キロの北海道縦断ドライブで疲れ切った私に、友人が夕食の決定権をくれて、有名らしいラーメン屋だるまやへ。どろラーメン、すばらしい。家の近くにあったら足しげく通ってしまうだろう。
ホテルの風呂が共有で、友人が共有するのが苦手ということで、日帰り入浴ができる施設へ。駐車してフロントへ行くと、別の入り口だという指示が。湯冷めするかもと、友人が車を動かそうか迷っているようだったので、心配なら動かしておいでと伝えると、一緒に行かないならやめると判断していた。
脱衣所では私の隣のかごをつかい、シャワーブースも私の隣に。「なんですぐ隣にくるんだ?離れてくれ」と思いながらいた。なるべく近くにならないように、行動した。
ホテルへ戻り、友人はTVを見ながら晩酌。私は洗濯をし、乾かし、マスク×アイマスク×耳栓着用、入眠。
TVの音が流れ続けることが苦痛。耳栓はしっかりと音をカットできるものを買おうと思った。友人は寝ている私に、ジャーキーのまずさを語り、食べてみないかと声をかけるが、私は「ジャーキーがまずいなら自分の中でその感情を処理してくれ。歯磨いて寝ている人がまずいジャーキーたべるわけないだろ。寝ている人、寝ようとしている人に声をかけないでくれ。」と思いつつ、「大丈夫」と断り、入眠。
2日目のふりかえり
・一緒に過ごしたいという相手の意図を感じると、逃げたくなる
・車150キロの移動はやっぱりちょっと無理したな
・自分語りは聞きたくない
・物理的な距離が近いとすごく不快
・アイマスク×耳栓×マスクで「話しかけにくい」見た目を演出しているが、そこを気にせず話しかけてこられるとダメージが大きい。
3日目 能取岬⇒カニ屋⇒寿司⇒網走刑務所⇒流氷館⇒屈斜路湖ホテルへ
朝起きて、友人が「夜中とか、皆すごい気を遣ってトイレに行っていて、トイレ行きたくないよね。」と言っていた。
「朝一で愚痴かぁ」とげんなりしつつ、聞き流し、友人と一緒の部屋にいたくないので、着替えて外へ。
そこのホテルは羊、馬を飼っていて、キツネやリスも来る。山間の美しい景色に心が浄化された。
ホテルのマンガの部屋に入り、ゴールデンカムイを読みだす。TVも電気もついていたが、TVは他に誰もいなかったので音量をオフに、電気は私がいるスペースは消して、居心地のよい空間でマンガを楽しんだ。
「能取岬を西側から時計回りに行くと、素敵な景色が見られるよ」というオーナーのアドバイス通り行ってみた。能取岬の景色、素敵。360度美しい。
体が冷えたので、30分かけて風呂にいくか、ご飯を食べに行くかで、ごはんを食べに行くことにした。山道の下り坂を運転している時に、助手席の友人が景色をみながら景色について興奮して話していたが、運転手は見られないってことを失念しているのか、ちょっとめんどくさいと思っていた。
網走市民のおススメすし屋「月」に行った。何食べてもおいしい。今回は、友人と私でのシェアはなし。友人もセーブして食べていた。自分は大食いだから他人とシェアするといつもおなかがすいていると言っていた。
網走刑務所へ行き、眠さがマックスだったので、コーヒーを飲んでから回ると、別行動を提案。それぞれでゆっくり見て回ることにした。
流氷館では流氷にさわり、屈斜路湖のホテルへ向かった。この運転は友人だったが、霧と暗さと山道と鹿注意で疲弊していた。
ホテル周辺に飲食店が無く、ホテルのビュッフェも高かったので、20分ほど運転してレストランへ。
北海道はグーグルマップに登録されている営業時間があまり正確ではない気がした。1軒目が閉まっていたので、次の店へ。豚丼おいしい。
ホテルに戻る道中は私が運転した。前の車が抜いてほしそうにしていたが、夜で見通しが悪い×鹿がいつ出てくるかわからない×上り坂で対向車が見えない×既に制限速度オーバー×ホテルがもうすぐ=抜かないという選択をしたが、「友人は抜いちゃいなよ。抜いてもらいたがってるよ?」と促してきた。
ドライバーは私。私が私の能力で追い越しできる条件が揃ってないと判断しているのに、なぜ横から「抜け」と促してくるのか意味がわからない。前の車が抜かしてもらいたがっていようが、抜くか抜かないか判断し、事故になった時に責任を問われるのも私なんだが。このあたりのやりとりは超絶イライラした。
ホテルへ戻り、風呂に入り、友人と物理的な距離がほしくてロビーのあたりで過ごし、部屋に戻り就寝。友人も疲れていたようで、すぐに寝ていた。
3日目ふりかえり
・ポジティブもネガティブも思いついたら口からでるタイプの人と一緒にいると疲れる。友人は私の母と似ている。母といると終始イライラしていたのは、私の特性との相性が悪いからか。
・基本的に一人でいたい欲求がある。
・光と音の調節ができる環境がよい。
・自然、体験、美しい景色は相性がよい。パワースポット。
・食事は基本的にシェアしない。
・グーグルマップの情報の信頼度が思ったよりも低く、予定通りいかずに翻弄される。
・自分の安全を脅かすぬるい判断を強要されると超絶イライラする。
4日目 津別峠⇒屈斜路湖で温泉掘り⇒神の子池⇒摩周湖⇒釧路川カヌー⇒釧路湿原細岡展望台⇒釧路駅でレンタカー返却
翌朝、寝ている友人をホテルに残して、津別峠へ。屈斜路湖に浮かぶ雲海が見てみたかったが、あいにくの雨と霧で、全く見えず。でも挑戦できたので、心が納得した。
心と頭だったら、まず心を優先する。そうしたら、引きずらないんだな。
朝友人が身支度をする間、部屋からのレイクビューを楽しんでいたが、友人が話しかけてきてくれるのを不快に感じる。私は「今はオフ。静かにレイクビューを楽しみたい」と思っていて、友人は私がオフ宣言していないのでわからない。いつでも話しかけていいものだと思っている。
友人と屈斜路湖の南側で砂を掘り、温泉を掘り当て、足湯をしながら温泉卵を堪能。次は、1時間ドライブして神の子池へ。
神の子池は美しすぎて、ずっと見ていられた。私はこのブルーが好き。
次はまた1時間運転して摩周湖第一展望台へ。濃霧の山道の運転でへとへとになりつつ、展望台に到着したら真っ白。母が摩周湖の美しさをよく話していたので楽しみにしていた分、絶望も深く、フードコートでジャガイモ揚げを食べていたら、霧が晴れてきた。
摩周湖のブルーは神の子池よりもっと深い青で、これもまた幻想的。
運転に疲れたのでドライバー変更。
屈斜路湖から釧路川を下るカヌー体験をし、鹿、ハクチョウ、キツツキ、等の動物に会えた。そして、水の美しさの秘密を教えてもらった。冬のカヌーも体験してみたい。
カヌーを終えて、釧路湿原細岡展望台まで60キロ。運転している時は音楽の音の大きさが気になるが、助手席だと大きくてもかまわない。自分の好きな曲だったら大きくてもいいのだが。
細岡展望台の帰り、鹿に遭遇。友人が手を振ると鹿が逃げ出した。友人は「手を振ったら嫌われた」と驚いていたが、そこに驚く友人に驚いて、なんかイライラした。
釧路までの運転を私が担当。友人が夕食の店探しをしつつ、レンタカーを返す前にガソリンを入れようとしたがなかなか見つからない。ガソリンスタンドは、グーグルでは18時まで営業中となっているが実際は17時で閉店していて、関東の感覚でいたことをはげしく後悔。釧路市内は3車線あったり、中央分離帯があったり、5差路があったりと、慣れていないと戸惑うことがあり、ガソリンスタンド探しで疲弊。
友人が大きな声で指示をだすのに、耐えられなくなり、ここでコップの水が溢れてアレルギー反応がでるようになった。
もう1秒たりとも一緒に居たくない。逃げたい。
ホテルの部屋について、私は疲れたから今は外には行かないと伝え風呂へ。友人はひとりで町を散策したが、繁華街にたどり着けずコンビニ飯で済ましていた。私は風呂⇒洗濯⇒飲み屋⇒風呂⇒マンガコーナーでバナナフィッシュを読み⇒寝る。
釧路の居酒屋で、自分のペースでその時食べたいものをゆっくり選んでいたら、「あぁ、私のやりたいことはこれ。声がおおきい、欲望を隠さない人と一緒にいると、ペースが保ちにくい、ノイズがかかって自分とつながりにくくなるんだ。私は、音、温度、光をコントロールできる個室、ひとりで食べるご飯が絶対的にひつようなんだ」ということがわかった。
4日目ふりかえり
・他者を気にせずに自分の心だけで意思決定できる時間が一日の中で必ず数時間確保できることや仕組みが私を元気にする。
・今オフです宣言をしないと相手はわからない。その宣言をいちいちするのが面倒なので、基本一人がいいと思ってしまう。
・友人が昨夜のブタ丼だけでは足りなくてお腹がずっとすいていると言っていた。知らんよ。自分の腹具合は自分でコントロールしろ。人にいうことじゃないだろ。
・心のベクトルと、頭の考えとがケンカをしたときは、心を優先すると後悔がない
・神の子池、摩周湖、釧路川上流のブルーが私は大好き
・他者と一緒にいることで、世界が広がる。カヌーはひとりだったら絶対にやってない。
・野生の動物に手を振って逃げられたら驚く無知、無邪気さにイライラした。無知・無邪気でも生き残れる環境で生きることができた友人への嫉妬か。
・声がおおきい人が車内でパニクッていると防ぎきれない。ダメージが大きい。
・我慢をしすぎている感覚はなかったが、しすぎてしまった。結構強めのアレルギー反応が出て驚いた。
5日目 釧路和商市場⇒フィッシャーマンズワーフ⇒スープカレー⇒空港へ
朝起きてマッサージチェアでスマホの充電しながらゆっくりし、朝風呂、荷物を預けてひとり和商市場へ。この日は最初から友人と別行動の予定だったので気兼ねなくふらふらできた。
和商市場で刺身をじっくり選び、鮭の切り身を選び定食屋で焼いてもらい、小さいアイスにホットコーヒー。
幸せ。自分の心の声をきいて、それを叶えてあげることができている。
フィッシャーマンズワーフを訪れて、なるほどって思い、飛行機までの残りの時間で、心残りだったスープカレーを食べに行く。なんかおもったのと違ったけど、挑戦できたから心は満足している。
空港について、ソフトと珈琲で食べおさめして、チェックインカウンターで友人発見。飛行機待ちの時間は、ひとりで角の静かなスペースで過ごし、飛行機に乗ると、通路をはさんで友人と隣だったときは「うわ」っと思った。耳栓してるし大丈夫と気を取り直したが、友人が撮影した画像の美しさを私に共有したくて話しかけてきた時に、イラっとした。
友人は電車、私はバスで帰ることが決まり、友人と別れたときに、何とも言えぬ解放感に包まれた。
「もうこれで、気を遣わずにすむ」
5日目ふりかえり
・友人と同じ空間に居たくなくて、基本的にホテルの部屋では寝るだけ。あとは、共有スペースで過ごしていた。これが疲れの原因でもあるから、ホテルの部屋はひとり1部屋にする。
・私の本音は、声が小さくてささやくようだから、ひとりでいると本音とつながりやすい。
・友人は誰かと気持ちを共有したい欲が強い。2時間以内なら対応できるが、24h体制でいつ共有をもちかけられるかわからないのは、私にとってはテロと同じ。
・やっぱりひとりが好き。
旅を通してわかったこと
・好奇心の赴くままに予定を詰め込み過ぎてパンクした。5日間の日程なら、中日でただぼーっとする日を挟む必要があった。
・「繊細だからずっと一緒にいるのはしんどい」というのは、何時間までなのか、何時からオフになるのかとか、具体的にいちいち伝えないと、非繊細さんたちはわからない。すべてそれを行うのも繊細さんには負担になるので、この人と生きていかなければとか仕事を共にしなければならないという状況にならない限りは、別の飛行機、別の部屋、別の食事、別の会計、別の予定という風に接点をもたないようにしようと思う。
・私は自分だけの空間で静かに過ごしたい欲求がすごく強い。いつでも話しかけたい、いつでも自分の話を聞いてほしい人と同じ屋根の下にいることは、私にとってはテロリストとの同居と変わらない。
・声の大きい人は相性が悪い
・ずっとしゃべり続ける人は相性が悪い
・自己顕示欲の強い人は相性が悪い
・透明な壁を作ろうとしたり、アイマスクなどで刺激を軽減しようとしてるのに、相手がずかずかと踏み入れてくると余計ダメージがでかいことがわかった。
・一人で静かに過ごす時間がバイタルだということを相手に10回くらい言う必要がある。
・光と音の調節ができる環境がよい。
・自然、体験、美しい景色は相性がよい。パワースポット。
・心のベクトルと、頭の考えとがケンカをしたときは、心を優先すると後悔がない
・他者と一緒にいることで、世界が広がる。カヌーはひとりだったら絶対にやってない。生活は分けるけど、アクティビティは共有する
・私の本音は、声が小さくてささやくようだから、ひとりでいると本音とつながりやすい。
・やっぱりひとりでいると整うから、大半の時間はひとりで過ごしたい。
・プライベートは基本的にひとり単位がいい。同じひとり単位が良い人達のコミュニティに入って、この人とは食事作りを共有したい、この人とはエスニック料理巡りを共有したい、この人とはおしゃべりをしたい、この人とは性を共有したいといった具合に、色んな人と少しずつ共有できたらいいな。
2023年11月27日 追記
昨日秋葉原までHSP勉強会に行ってきた。
そこで、「HSPは水面に浮かんだ一艘の小舟、他の船が揺れて水面が揺れたら必ず影響を受けて揺れてしまう」という話を伺い、その通りだなと思った。
良いバイブスをもった揺れでも、悪いバイブスをもった揺れでも、揺れであることには違いなく、揺れには必ず影響を受ける。良いバイブスをもった揺れなら、良い影響を吸収しまくることができる。悪いバイブスをもった揺れの場合、精神への打撃がすさまじい。
大人になるまでの20年間はなかなかの悪いバイブス、そこから距離を置きたくてNZへ行った時は良いバイブス、帰ってきて超絶悪いバイブスをもつ元夫に絡めとられ、物理的に距離をとるものの子育てが終わるまで影響を受け続けた。大学で哲学の仲間と交流できたのは良いバイブスだが、関係が途切れてしまった。子どもとのかかわりや子ども中心の教育を学ぶことは良いバイブスで、公立高校での就労は超絶悪いバイブスだった。
やはり、合理的なシステム、人権意識の高い国での生活をもう一度してみたいかな。
そして、私にとって刺激の強い人は、物理的に距離をとる必要があるんだな。自分の話を相手が当然聞いてくれると思っている人は相性がよくないんだ。私は多くの情報を受信するから、その処理に時間がかかる。多くの情報を提供する人も相性がよくない。
母、旅をした友人、元夫に構えてしまうのは、そういうことだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?