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「35歳問題」のあの35歳になった。でも、悲観はしていない。

 35歳になった春、彼は自分が既に人生の折りかえし点を曲がってしまったことを確認した。いや、これは正確な表現ではない。正確に言うなら、35歳の春にして彼は人生の折りかえし点を曲がろうと決心した、ということになるだろう。

(村上春樹. 回転木馬のデッド・ヒート )

 この書き出しで始まる村上春樹の短編回転木馬のデッドヒートの中のプールサイドという話だ。主人公の僕がプールサイドで、プール仲間の彼の話を聞くという形で話が進む。

 彼はやりがいのある仕事と高い年収と幸せな家庭と若い恋人と頑丈な体と緑色のMGとクラシック・レコードのコレクションを持っていた。これ以上の何を求めればいいのか、彼にはわからなかった。

(村上春樹. 回転木馬のデッド・ヒート)

 これほどまでに恵まれている彼が、35歳という年齢にして老いるという言葉だけでは説明できない、漠然とした不安を口にするのだ。

ひとは過去の記憶や未来の夢よりも、むしろ仮定法の亡霊に悩まされるようになる

「僕にとっていちばん問題なのは、もっと漠然としたものなんだ。そこにあることがわかっていても、きちんと直面して闘うことのできないもの。そういうもののことだよ」

(村上春樹. 回転木馬のデッド・ヒート)

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