見出し画像

良いも悪いもない世界を迎えるために

おやこの心を結ぶ⭐︎わたたにちひろです。

2024年の年越しは
お正月にいろんな事が起こり
なかなか年を越した実感の湧かず
3/20の春分でやっと一区切りついたかも。
と、思えるながーーーい年末年始でした。

今回は
2025年7月5日をきっかけに
神様の国になるんだよ
と、話題の「弥勒の世」を迎えるために
いま、起こっている事
私が体験して感じたことをお話ししたいと思います。

良いも悪いもない弥勒の世を迎えるために

良いも悪いもない
弥勒の世を迎えるために

良い悪いを体験する時期にいると感じています。

良いも悪いもないとは
何をしても良いと言うことではなくて
誰もが共通した「心地よさ」を理解しているからこその世の中です。

だから、あちこちで
「破壊と再生」が起こり

今では「不適切」になってしまった事でも
不適切だったかもしれないけれど
分かりやすかったよね⁉︎
という確認事象が起こっているのだと思います。

私自身
年末年始、数ヶ月かけて
「これは違うよね??」と
ジャッジする必要のある場面に
直面する事が多くありました。
もともと正義感が強いので
「自分にある譲れない正義感で
やっている事なのか?」

はたまた
「偽善者ぶったお節介なのか?」
ダメなものはだめだよ!という
どうやっても沸き起こる
自分の感情に納得いかず
それでも
突き動かされる思いは止まりません。

「ダメななものはダメ!」と
言えば言うほどに悔しい思いをしたり
同じことを思っていても制止されたり
やり切ると決めたものの
「なんのために?」やっているのか
その時期とても悩んでいました。

悩み抜いた末、降りてきた答えは

「良いも悪いもない世界に移行するために改めて良いと悪いを確認してるんだよ」でした。

何が悪くて何が良いか
何が心地よいか?

逃げれば、無視すれば、無かったことにすれば
その瞬間は心地よいかもしれません。

見なかったことにすれば
巻き込まれることもないのかもしれません。

でも、それは心の底からの心地よさですか?

良い悪いを超えた世界を生きるのか?

良い悪いの判断をするのを手放しただけの
無責任な世界を生きるのか?

心地悪さを我慢していたら
いつまで経っても
心地良い環境を創ることはできません。

当たり前にあったはずの「道理」を
思い出すための時期です。

ご自身の中にある
正義のヒーローを呼び起こし
良い悪いのない世界を
現実化させましょう!!

この記事が参加している募集

子どもに教えられたこと

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?