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信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(1)

『からむしを績む』は、布から生まれた本。

ちょっと不思議なその成り立ちは実際どういういきさつだったのか、そもそもそこにはどんな思いが込められたのか。関係者へのインタビューを通じてひもといていきます。

 * * * 

ひとつのフレーズがずっと耳に残っていました。

「結果としては、とても〈からむし的〉だったのではないか」

それは、『からむしを績む』の制作に携わった方たちによるトークイベントで発せられたフレーズでした。ここで語られる〈からむし的〉とは、なんだろう? からむしの存在や昭和村のいとなみに魅了され、ときに困惑を覚えた者たち(ーーそれは何より私自身でもあるのですが)にとって、何かしら呼応するかたちで記憶や感覚に触れる表現のようにも感じて、あらためてそれを確かめたくもなりました。

このフレーズを発せられたのは、丹治史彦さん。井上美佳さんと一緒に、本や雑誌の編集・制作を行なう「信陽堂」を主宰され、『からむしを績む』の編集も担当されました。

シリーズ【インタビュー|からむしを績む】をスタートするにあたり、まずおふたりにお話をうかがうところから始めることにしました。制作期間中のエピソードとともに、先のフレーズに込められた意味や本づくりへの想いを聞かせていただきました(全5回の記事です)。

【プロフィール】
丹治史彦さん リブロポート、メディアファクトリーを経て、2003年10月、港区南青山にてアノニマ・スタジオを設立(2007年台東区蔵前に移転)。「ごはんとくらし」を軸にした出版とフードイベント、ワークショップなどを展開。2010年7月、井上美佳さんとともに信陽堂として活動を開始。

井上美佳さん リブロポートで主に児童書の編集(五味太郎さん、たむらしげるさんほか翻訳物など)を担当。1996年からフリーランスとして活動。主に生活書(内田真美さん「最後にうれしいお菓子たち」、瀬戸口しおりさん「私の手料理」、エフスタイル「エフスタイルの仕事」、ナカムラユキさん「365日雑貨暦」ほか)を編集。2010年7月、丹治史彦さんとともに信陽堂として活動を開始。

参考 https://shinyodo.net/aboutus.html

聞き手:髙橋 美咲
ライター。特に奥会津昭和村の「からむしのいとなみ」に携わる人々へ、2015年より継続して取材を行う。webメディア 灯台もと暮らしにて、同村との共同企画「土から生まれた糸を継ぐ / ひとの手が成す、暮らしの宝を訪ねて。【福島県大沼郡昭和村】特集」(2017-2018)を担当。70seeds にて、「結ばずに、次世代へつなぐ植物の糸」「手渡された一枚の布から生まれた本」(2021)などを執筆。


ほんとうに美しい物

最初に『からむしを績む』の企画者である「渡し舟」のおふたり、渡辺悦子さんと舟木由貴子さんとの出会いからお聞かせください。

丹治 おふたりと出会う背景に、まずは、テキストを担当された哲学者の鞍田崇さんとの接点がありました。鞍田さんとは、2014年に明治大学に着任されたタイミングで行われた公開講座 *1で初めてお会いしました。

鞍田さんからは、丹治さんが担当された木工デザイナー・三谷龍二さんの著書『遠くの町と手としごと』(アノニマ・スタジオ 2009)への共感から丹治さんたちが手がけるお仕事へ以前から関心を持たれていたと、伺っています。

丹治 もともと鞍田さんは京都を拠点に活動されていて、東京に移られる前に、「〈民藝〉のレッスン」というタイトルのトークイベント *2を行われたそうです。そこに三谷龍二さんや、やはり私たちが本を手がけたことがある「エフスタイル」 *3のふたりがゲストとして招かれていました。そういう企画を通じて、私たちのことも地域に根ざした手仕事のいとなみに興味や親和性がある編集者だと認識してくださっていたのだと思います。

 だからなんでしょう。鞍田さんから、2016年に渡し舟が「編ム庫」*4さんでお話会とワークショップ *5を行うということでお誘いいただき、参加しました。

編ム庫さんでのワークショップへの参加が渡し舟との初対面だったのですか?

丹治 そうですね。「渡し舟」という人たちが活動していることは存じ上げていました。また、民映研 *6  の『からむしと麻』という映画(1988年)を観たこともありましたので、からむしという植物から繊維を採るということも知っていました。

井上 ただ、映画で観たことがあるという程度で、予備知識はほぼ持ち合わせていませんでした。ワークショップでは、渡し舟の渡辺悦子さんが、細く裂いた繊維を績むところを実演してくださいました。実際の物として「からむし」を見たのは、そのときが初めてでした。

本づくりのお話が持ちあがったのはいつごろだったのでしょう。

丹治 その後しばらく経ってからですね。2018年の秋口かな。鞍田さんが信陽堂に相談に来てくださったんです。「渡し舟のおふたりと一緒に、からむしの布を使って本を作りたいと考えているのだけど、本づくりのアドバイスをいただけないか」、と。そこで背景や計画をお聞きして、「まずは昭和村に行ってみましょう」ということになりました。村を訪ねたのは本格的に寒くなり始める直前くらい、2018年11月2日から3日の一泊の行程でした。

はじめての昭和村の朝 昭和村大芦 2018年
(撮影:鞍田崇)

井上 紅葉が綺麗でした。

丹治 そう、そのときは鞍田さんと一緒に三人で、車で美しい森を抜けて行ったんだよね。

井上 村内にある渡し舟のアトリエに伺ったのですが、束ねられた「からむしの繊維」が壁際に掛けられていました。それがすごく美しくて、感動したことを覚えています。「からむしってこんなにも美しいものなんだ」、「これを作っているんだ」と実感したというか、とにかくそれがとても印象的で、ぐっと興味が湧きました。昭和村に行って初めて、からむしに触れたという気がします。

からむしの繊維の束

本に使う布を手がけられたおばあさんにもお会いになりましたか?

井上 お会いしたのは、また別の機会。たしか、雪が積もっていたから。

丹治 初めて村を訪ねた半年後、2019年3月に村を再訪しました。当時の写真をみるとまだ雪が残っているから、このときおばあさんにお会いしたのだと思います。

そうだったんですね。その後も何度か村に通われたのですか。

丹治 本づくりの打ち合わせもありましたが、季節ごとのからむしの作業も見ておきたかったですし。写真を担当いただいた田村尚子さんの撮影に合流することもありました。2019年8月には、からむし引きのタイミングで訪ね、そのあとは、同じ年の11月、翌20年1月とけっこう頻繁に行きました。2020年の2月には、雪の風景を撮影するために田村さんと、装幀デザインを担当いただいた漆原悠一さんと一緒に行っています。そういえば、映画『からむしのこえ』*7が完成したのはいつでしたか?

完成が2019年の秋、10月に千葉の国立歴史民俗博物館で公開されています。

丹治 なるほど。でしたら、2020年1月は、会津若松の福島県立博物館での上映会への参加も兼ねての訪問だったと思います。

信陽堂さんが本づくりに参加される以前に、田村さんが写真を、文章を鞍田さんが担当されることは決まっていたのですよね。

丹治 はい、決まっていましたね。

今回のように先方、しかも本づくりの経験がない方からの依頼で動き出した企画は、これまでにもあるのでしょうか。

丹治 そんなにたくさんではないけど、ゼロではありません。アーティストや作家の方と協同して本を作り上げるということはこれまでにもありましたので、初めての経験ではありませんでした。

 私は信陽堂を立ち上げる以前、アノニマ・スタジオ *8という出版レーベルをやっていたのですが、その当時からいわゆる本づくりのプロではない人たちと本を作る経験を重ねてきました。逆にいうと、文章の書き手としてではなく、その人の活動に魅力を感じる方に「本を作りませんか」とお声がけをして、何ができるかを一緒に考えるところから本づくりを始めるのが我々のスタイルでもありました。ですから、渡し舟さんからの相談も、それほど驚くようなことではなかったし、途方に暮れるとかそういうことでもなかったです。

 しかしそうは言っても、経験があるからすぐに本ができるということではまったくないんですね。一冊一冊、ひとつの企画ごとにゼロからスタートと言ってもいいくらい。フォーマットがあってそこに落とし込んでいけば本ができるということではなく、それぞれに合う形にカスタマイズしながら作っていく。なので、今回は今回で、やるべきことがたくさんあるなと感じていました。

((2)「ヘンテコリンな本を作ろうとしているんだな」へ続きます。)

*1 公開講座「社会と暮らしのインティマシー:いまなぜ民藝か」(2014/10/18 | 東京)
*2 MEDIA SHOPレクチャーシリーズ〈民藝〉のレッスン:番外編・集中講義(2014/2/13|京都)
*3 エフスタイル:東北芸術工科大学を卒業した、五十嵐恵美さん、星野若菜さんが2001年春、地元新潟にて「エフスタイル」を開設。「製造以外で商品が流通するまでに必要なことはすべてやってみること」をモットーに、デザイン提案から販路の開拓まで一貫して請け負うかたちで活動されている(公式HP参照)
*4  ギャラリー 編ム庫:2012年馬喰町に「アムコ カルチャー&ジャーニー」を開業。馬喰町(2012-2018)武蔵小金井(2018-2020.9)での営業を経て、現在はオンラインやイベント出店を中心に活動されている
*5 渡し舟 お話会とワークショップ「原材料の栽培からはじまる布づくり」(2016/03/04-03/05 | 東京)
*6 一般社団法人 民族文化映像研究所:創立は1976年。活動の初源は1961年。日本の基層文化を映像で記録する映像制作団体。半世紀近い活動から、119本の16mm映画作品と150本余りのビデオ作品が生まれている(公式Twitterより)
*7  『からむしのこえ』: 福島県大沼郡昭和村。奥会津の山村に息づく繊維のもととなる植物「からむし」にまつわるドキュメンタリー作品。分藤大翼さん(映像人類学者、信州大学教授)が監督・撮影を務め、春日 聡さん(映像人類学者、音文化研究者、映像・音響作家、国立歴史民俗博物館客員准教授)が録音・撮影を担当。人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館の歴博研究映像として2019年10月に公開される。映画『からむしのこえ』、本『からむしを績む』はそれぞれ「渡し舟」のおふたりと鞍田崇さん(哲学者、明治大学准教授)協力のもと同時期に制作が進められていた
*8 アノニマ・スタジオ:「ごはんとくらし」をテーマに本づくりをする出版社として2003年東京・青山にて始動

『からむしを績む』

編 者: 渡し舟(渡辺悦子・舟木由貴子)
テキスト:鞍田崇
写 真: 田村尚子(vutter kohen)
デザイン:漆原悠一(tento)
編 集: 信陽堂編集室(丹治史彦・井上美佳)
校 正: 猪熊良子
印 刷: 株式会社アイワード有限会社日光堂
製 本: 株式会社博勝堂
仕 様: A5変形・112頁
部 数: 特装版:限定 80 部|普及版:限定 420 部(第二刷 500部)
発行者: 渡し舟(〒968-0212 福島県大沼郡昭和村喰丸字三島 1053)
2021年3月31日 初版第1刷発行
2021年11月3日   第2刷発行

◾︎購入のお問い合わせ先:渡し舟 watashifune@outlook.jp


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