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花を飾る練習。

かれこれ学生時代からずっと、ひとり暮らしをしたら花を飾ろうと考えていた。大学時代は寮生活だったから、社会人になったら飾ろうと考えていた。社会人になって実家に戻ってからは、母が植えるおばちゃんらしい花を横目に、ひとり暮らしをしたら自分で好きなものを飾ろうと考えていた。ワンルームでひとり暮らしを始めたら、もっと広くて余裕のある部屋に引っ越したら飾ろうと考えていた。そこで気づいた。このままだと、いつまでたっても花を飾る生活に近づかない。おかしいぞ、よくわからないけど、この環境に慣れてしまったらいけない気がする。そう思って私は部屋を引っ越すことに決めた。

そもそもなぜ小さなワンルームを選んでしまったのか、今思うと間抜けな話だけど、私はワンルームという小さな空間にロマンを抱いていたのだった。岡山を出て、都会で夢を追いかけている友人たちはそういう部屋に住み、プリンセスメゾンという漫画の登場人物たちもそういう部屋でもの思いにふけっていた。歌の中で誰かが失恋した時の相場は決まってワンルーム。なんだか秘密基地のようでその小さな空間があこがれだった。だけど実際に住んでみると、物は増えるわ、しまうところがないわ、台所は狭くて料理がしづらい、お風呂はゆっくり浸かれない、散々だった。それでもどうにか工夫をして暮らしていた時、知り合いから「なんだ、学生アパートか。」と言われて私はついに目が覚めた。いい大人がそんなことではいけない、花を飾るのだ!だいたいここは東京じゃない、岡山じゃないか。私は途端に奮い立ち、ただちに物件を探してついに70年代のレトロなマンションを見つけた。ワンルームから3DK、その極端さがとても愉快で、私は引っ越しが待ち遠しくて仕方なかった。

引っ越しが決まって、私は花を飾る練習を始めた。部屋に花を飾る人になりたいんです、と相談すると花屋さんは淡いオレンジのカーネーションを枯れにくいからと勧めてくれた。あまり好みでないと思っていたけど、小さな実がたくさんついた葉っぱと合わせたら、とても愛くるしい。花を買ってから、家に花瓶がないことに気がついた。仕方なくギズモが描かれたマグカップを花瓶代わりに使ってみる。うーん、せっかく買った花がやけに安っぽく見える…。まあ練習だからよしとするか。本番ではいい感じの花瓶を忘れないよう心に留める。

新しい部屋は日当たりがよくて、昭和仕様の窓ガラスに差し込む光がカーテンにあぶくのような模様をつくる。それがあまりにも美しすぎて、引っ越しの次の日は見惚れて、じーんとなった。なんというか、部屋が広くなると心まで大きくなったような気がする。それから1ヵ月、注文していたカーテンがようやく届いて新しい部屋もだいぶ落ち着いてきた。資源ごみの日を忘れて部屋の片隅に放置されていた段ボールの束も、段ボールから出していなかった荷物も何とか片付けた。そんなこんなで、ついに花を飾る本番を迎える。満を持して私は花屋さんへ向かった。花を選んでいると花屋さんが「絵描きさんですか?良いセンスですね。」と声をかけてくれた。きた!こういうアーティスティックな褒め言葉は平凡な私を舞い上がらせる魔法の言葉だ。さすがは本番と力んできただけのことはある。ふんふん鼻歌を歌いながら家に帰り、新しく買ったアンバー色の花瓶を台所とリビングにそれぞれ置いて花を飾った。すると、その花たちは強く主張するわけでもなく、部屋の雰囲気にすっと馴染んだ。おおお、ついに私はひとり暮らしの部屋に花を飾る人になったのだ!遅すぎる大人の階段を一歩のぼったような心地だった。

花屋さんでは、洗面所に小さな小瓶で余ったものを飾るといいよとアドバイスをもらったので、私はそれもすぐに実践した。というのも、洗面所が部屋の中で一番のお気に入りだから。お風呂場と一緒になった縦長い一室で、壁は真っ白、床はピンクや赤や白、ネイビーが点々としているレトロなタイル張り。なにより最高なのは、窓から朝の光が差し込むと、洗面所全体に透明感がうまれるところ。朝、そこで身支度を整えることが一日で一番楽しい。まるで洗顔石鹸のCMに出てくる女優さんになったような気分で毎日鏡の前に立つ。鏡のそばに、私は言われた通り、余ったユーカリの実を小瓶にさしてみた。くすんだ茶色が眩しい白に映えて、より透明感が増して私はうっとりした。いざ花を飾る本番を迎えると、こうも気持ちがキラキラするなんて、もう感動の境地だ。とはいえ、引っ越したからといって、花を飾れる人(まだ2回しか買っていないけど。)になったからといって、私の片づけ下手が直ったわけでもないし、ずぼらなところも変わらない。だから花屋さんでも当然カーネーションを買ったわけで。だけど確実に感じている本番の効力。もしかしたら私、花を飾れる素敵な人になってしまうんじゃないの!?なんて妙な自信が今は満ち溢れている。次は継続できる人の本番を迎えなくては。

2017年01月30日


「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。