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『少女たちの音楽事変 書き下ろし音楽小説アンソロジー』序文公開

 『少女たちの音楽事変 書き下ろし音楽小説アンソロジー』をお届けします。

 書き下ろしのテーマアンソロジーといえば、SFであればなんでもありの『書き下ろし日本SFコレクション NOVA』(河出文庫)や奇跡の復活を果たした『異形コレクション』(光文社文庫)をはじめ、ファンから圧倒的な支持を獲得した『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』、気鋭の作家によるミステリを集めた『放課後探偵団』(創元推理文庫)など多数存在しています。

 ただ、ライトノベル分野に限れば、電撃文庫の『電撃コラボレーション』も「電撃文庫MAGAZINE」の休刊によって新作の望みが薄く、ファミ通文庫の『僕とキミの15センチ』をはじめとするアンソロジーシリーズなども続刊が出ない状況。また、新シリーズを見てみても、ほとんどが原作ありで(もっとも、それらの作品も原作をテーマにしたテーマアンソロジーと言えますが)、この分野でのアンソロジーというのはほぼ壊滅状態になっていると言っても過言ではないでしょう。

 そんな中で……というと意図的のように聞こえますが、様々な偶発的な要因が重なって、2019年8月に開催されたコミックマーケットで頒布すべく、私は『失恋文庫 書き下ろし失恋小説アンソロジー』の編纂をすることに。もっとも、同人誌としてはコミックマーケットや文学フリマ、コミティアなどで多くのテーマアンソロジー――合同誌が出ているわけで、その中の一冊という区分にはなるのですが、おかげさまで書籍版・電子書籍版ともに多くの方にお読み頂けました。

 そんな『失恋文庫』も「失恋」がキーワードのテーマアンソロジーだったわけですが、もし一からテーマアンソロジーを編纂するとしたら? ということで、2019年秋頃から企画会議を重ね、今回の『少女たちの音楽事変』に繋がったわけです。

 テーマはズバリ、「音楽」と「女の子」。

 なぜそのテーマになったのかと言うと、「失恋」同様、このシチュエーションで色々な作家さんの短編が読みたいという思いが強かったからに尽きます。

 音楽もののライトノベルというと、青春音楽グラフィティの名作・杉井光『さよならピアノソナタ』(電撃文庫)や女子小学生スリーピースバンドを描いた蒼山サグ『天使の3P!』(電撃文庫)があり、幼なじみとの恋模様がもどかしいあまさきみりと『キミの忘れかたを教えて』(角川スニーカー文庫)やアニメソング大好き少女を描いた大泉貴『アニソンの神様』(このライトノベルがすごい!文庫)、ボーカロイドと亡くなった幼なじみを巡る池部九郎『LOST 風のうたがきこえる』(ファミ通文庫)に、独特の筆致でアイドルたちの姿を描いた石川博品『メロディ・リリック・アイドル・マジック』(ダッシュエックス文庫)、女子中学生ブリティッシュ・カルテットものでユーフォニウム奏者である著者の経験や知識を織り交ぜて描いた遊歩新夢『きんいろカルテット!』(オーバーラップ文庫)、ビジュアル系バンドの活躍を紡いだ総夜ムカイ『青色ノイズと〈やきもち〉キラーチューン』(MF文庫J)など多くの作品が刊行されています。ノベライズまで広げるならば、メディアミックスプロジェクトの一作・中村航『BanG Dream! バンドリ』(電撃文庫)、美少女ゲーム原作の月島雅也『WHITE ALBUM2 雪が紡ぐ旋律』(GA文庫)も傑作です。

 そもそもライトノベル内外を問わず、ここ十年のトピックの一つにボーカロイドのノベライズがありました。じん(自然の敵P)『カゲロウデイズ』(KCG文庫)や悪ノP『悪ノ娘』(VG文庫)を筆頭に、藤谷燈子『告白実行委員会』(角川ビーンズ文庫)など、楽曲の世界観と連動した小説群は十二分に音楽小説といえるものだったでしょう。しかしそのムーブメントも近年は鎮火。今年のトピックとしては、ボーカロイドPであったAyase率いる音楽ユニット・YOASOBIが、原作小説をもとに楽曲を書き下ろすというシステムだったからこそ生まれたアンソロジー『夜に駆ける YOASOBI小説集』(双葉社)や、またことらもボーカロイドP出身で今はバーチャルシンガー・花譜の楽曲提供でも知られるカンザキイオリの初小説『あの夏が飽和する。』(河出書房新社)もありました。

 ライトノベル以外に範囲を広げれば、京都アニメーション制作によるアニメシリーズも話題を呼んだ武田綾乃『響け!ユーフォニアム』(宝島社文庫)や航空自衛隊の音楽隊にスポットを当てた福田和代『碧空のカノン 航空自衛隊航空中央音楽隊ノート』(光文社文庫)、弱小吹奏楽部の成長譚・山口なお美『グラツィオーソ』(アルファポリス文庫)、アニメ誌で連載された演出家による吹奏楽もので付録として新譜のスコアが付いていた山本寛『アインザッツ』(学習研究社)なんてのもあるわけですが、どちらにしろ音楽小説はバンドないし吹奏楽、オーケストラが主流。他の切り口はないのかと思い、編集側が書いて欲しいと感じた七人の作家にお声掛けをして、本作の企画が成立したという経緯があります。

 もっとも、編者の私事を述べるのならば、幼少期からピアノをやっていたことと、中学時代に吹奏楽部でチューバを吹いていた経験もあって、もっと音楽もののライトノベルを読んでみたいな……と昔から思っていたわけで。それが期せずして叶った形になります。

 というわけで、今回の『少女たちの音楽事変』にご登場していただくのは七名の作家。

 『わたしの知らない、先輩の100コのこと』(MF文庫J)の兎谷あおいによる一人の天才にまつわる物語で幕を開け、『魔女の花嫁 seasons beside a witch』(LINE文庫エッジ)の空伏空人による吹奏楽部を舞台にした驚天動地の物語が続きます。そして、『塩対応の佐藤さんが俺にだけ甘い』(ガガガ文庫)の猿渡かざみは、中華風アクションファンタジーもの。オペラサークルを中核に挫折と再生を描いた『純真を歌え、トラヴィアータ』(メディアワークス文庫)の古宮九時は、少女たちの幻想的な関係を描いた一編。『不思議系上司の攻略法』(メディアワークス文庫)の水沢あきとは、解散寸前の企業楽団を描いたお仕事小説。『パンツあたためますか?』(角川スニーカー文庫)の石山雄規が描くのは、思春期の少年少女を器用に描いたユーモラスな青春グラフィティ。そしてトリを『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が2020年ミステリランキングを席巻した斜線堂有紀による、少女の一人称目線で綴られた慟哭の告白が待ち受けます。

 表紙イラストは、ライトノベルのイラストを手がけるほか、ソーシャルゲームやバーチャルYouTuberのキャラクターデザインを務めるかやはら。装丁は、小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』(ハヤカワ文庫JA)や仲谷鳰『やがて君になる』を手掛けた、clocknote.という布陣。そして手前ながら、編纂は『失恋文庫』に引き続いて羽海野渉と緋悠梨が務めます。

 「音楽」と「少女」。どちらも儚い一ページながら、心に深く刻まれる瞬間です。

 その一シーンを、様々なシチュエーションで楽しみたい!

 テーマに沿っていればなんでもありのテーマアンソロジー、『少女たちの音楽事変 書き下ろし音楽小説アンソロジー』の開演です。

 さぁ、はじめるよ。あたしたちのライブを!


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