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源信義〈転生記外伝〉

いまや後白河法皇と平清盛による治世となり永らくの年月を経ていた。二十年程前に謳歌していた源氏は平治の乱以来、軒並み廃れていた。

ただ全ての源氏が荒廃した訳ではなく、主に源氏の棟梁として君臨していた清和源氏系の地位が損なわれており、源平の争いに関わることなくきた宇多源氏はこの世でも大納言や但馬守など朝廷や地方で活躍していた。また清和の流れをくんでいても源頼政の様に平氏方についた源氏もいた。

その中で甲斐に巣くう源氏の一団は清和源氏の系統でありながら親平氏でもなく、沸々と独自の勢力として永らく存在し続けていた。この一群を「甲斐源氏」と呼ぶ。

源信義は甲斐源氏の当主の子として世に生まれ、源氏の躍進・衰退、替わる平家の飛躍をずっと甲斐から見ていた。気づけばもう齢五十も間近であった。

このまま平家の世が続くのだろうか。信義はもう一波乱あるのではと秘かに思っていた。それは思いというより願いなのかもしれない。

平清盛という怪物が永らくこの世を操ってきたが、清盛ももう六十近い。平家の嫡男である平重盛が清盛を継ぐとき、機会があるのではと睨んでいる。

甲斐源氏の総力をもってすれば甲斐一国を統べるのはそう難しくない。そのあとしばらく籠る事も甲斐は天然の要害なので容易い。ただそのあとが続かない。

甲斐源氏は清和源氏の傍流。かっての源氏の棟梁として清和源氏にとって代わるには甲斐源氏自体の力を圧倒的に強大にするしかない。その折には源氏と地縁・血縁が強い東国各地との協力が必要だ。

清和源氏の流れを組むだれかを御旗にして甲斐源氏が支えるという図も可能性はある。かっての源氏の棟梁であった清和の本流である河内源氏の長、源義朝の遺児たちは生かされ各地におり、その中でも抜群の象徴として伊豆に源頼朝がいる。頼朝を甲斐へ迎え入れることが出来ればまた流れも変わるであろう。

いつしか朝廷で政変が起こり宇多源氏の勢力が一掃され、平清盛の嫡男である重盛も政変に巻き込まれる形で朝廷より退いていた。平家自体の勢力がより拡大はするも、信義からするとなにかの予兆に思えてた。

そして幾月か後、以仁王が平家を討てとの令旨を発した。信頼が夢見た一波乱が遂に訪れた。

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