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卒業前夜

爪に色を塗りおわり、シャツにアイロンをかけ、明日で卒業だという自覚はこの時点であまりなかった。飲みものをいつものマグカップへと入れる。ただ気持ちだけは少し浮ついていて、多分今日は変な夢を見るのだろうと思う。そしてどうせ忘れる。いい夢であることはないと思う。

明日会う人の中に、もしかしたら最後になる人が居る可能性を考える。全ての縁を繋ぎ続けるのは、むずかしいことだ。でも、出来ればこの先もできるだけ切りたくないな、と思う縁もあって。

卒業という区切りがなければ、だらだらと続くかもしれないのに、どうして区切ってしまうのだろう、と思った。人生は悠久で、私はその中のたった少ししか生きていないのに。
4年の間に、既に切れてしまった縁もある。この先あと何本の糸が残るのか、どうせ、いつかの私はたった一人で生きるのだろうと思うけれど。
強く生きなければ、と思う。だらだらと続くかもしれなかった明日に、明日で全て区切りがつくのだから、今まで以上に真っ直ぐに、足を踏ん張っていなければきっと立っていられない。がたついた右手のネイルも、自分でどうにかしなければならない。ちゃんと。

冷たい牛乳が、舌の上に薄らと残っている。あの人は、貴方は、卒業前夜に何を飲んだのだろうと思う。
何かを思って、飲み物を選んだ人もいるだろうし。私のように慣習で牛乳を飲んだ人も多分居る。そうした細かなことを、想像できるほど深く関係性を結ぶ前に、私達は卒業する。始まりは淡かったから、私達は終わりも淡い。淡く淡く、柔く柔く結んだ糸が、この先、いつかその先を強く引いた日に固く結ばれるのならばいいと思う。

いつか強く引く為の様々な力を、この先蓄えていけたらと思う。
全てが、微かな希望でしかないけれど。
少なくとも私は、やるしか、ない。

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