ろくでもない学び。
私は特徴ある顔をしているので、よく気持ち悪がられる。
病気でもなんでもなく、輪郭とパーツと配置の全てにおいてハズレガチャを引いただけの話である。
かくいう私は、他人に気持ち悪いと思ったことが、ついこの前までほとんどなかった。
幼い頃はあったかもしれないけど、
覚えがない。
虫は気持ち悪いかもしれないけど、
実際出くわすとビックリと恐怖が大きくて気持ち悪がる時間がない。
なので、気持ち悪い気持ち悪いと言われるたびに、傷つきはするが、それが一体どういう意味なのかわからないところがあった。
自分にはそういうセンサーがないんだと思っていた。
あった。
以下、他人の悪口になります。
不快な気分になられるかもしれませんので、
お嫌な方は読まないでくださいまし。
***
つい先日、勤務先の業績悪化により、節約とか事業縮小とかで、人事異動があった。
昨年入社したばかりのペーペーである私もモロに影響をうけ、同じフロアの別部署に異動となった。
出入り口やロッカーの場所が違ったので、今まで挨拶のみでほとんど話したことのない人たちだったが、新しい部署の人たちは皆とりあえず優しく受け入れてくれて、ホッとした。
新たに直属の上司となった男性も非常に穏和そうな方だった。
私の新しい席は彼の隣となった。
***
彼は正直ニオイがきつい。
暑いからある程度仕方ないところはある。
だが汗の臭いだけではない。
多分ちゃんと服を乾かしていない。
公衆便所のような、生乾きの雑巾のような臭いがする。
さっきまで給湯室にいたな、と移動ルートを特定できるくらいには臭っている。
今まで、たまに廊下が臭いときがあったが、この人だったか、と答え合わせになった。
でもまあこんなもんだろうと思っていた。
仕事だし、コミュニケーションが円滑にとれるのが最優先である。
マスクつけていれば臭いもそこまで気にならないしね。
あと頭をワシワシとかきむしる癖があって、
エアコンの風量によっては、私のデスクに毛が飛んでくることがある。
でも私だって、
毛ぐらい落としてるだろうし、お互い様。
***
ランチで部署全員の歓迎会を開いてもらった数日後、
上司がサシでランチに誘ってくれた。
上司はとてもマメな人で、
新しい部署で私が馴染めているか、
不安なことはないか、
気を遣ってくれたようだった。
もちろん奢りである。
緊張しながら臨んだ。
職場近くの洒落たイタリアンで、
彼は皿の上に覆い被さるような姿勢で、
ジュルジュルジュルジュルとパスタをすすり、豪快に口を開けたまま咀嚼した。
クッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャクッチャ
歓迎会では上司から離れた席にいたので気づかなかった。
口の周りがソースで汚れるのを、紙ナプキンで拭いては丸め、拭いては丸め、テーブルの上に並べていく。
彼の席だけまるで5月の尾瀬のようである。
また、汗っかきの自覚はあるらしく、
カバンから汗拭き用のフェイスタオルを出して、顔も首も拭いて、それはまだいい、
シャツの第二ボタンまであけて胸元とか脇の下に突っ込んでゴシゴシ拭いて、
テーブルの上に置く。
それが湿ると、2枚目の汗拭きタオルが出てくる。
それが湿ると、3枚目の…
ここは脱衣所か。
そしてやっぱり臭い。
食べてる時はマスクつけられないもん。
開きっぱなしの彼の口から、細切れになったパスタが飛び出して、私と彼の皿の間に落ちて、
それを彼が指で拾って食べたときに、
限界が来た。
上司の輪郭がくっきりと背景から浮かび上がり、今まで蓋をしていたものが高解像度で見えた。
ワイシャツの袖口が黄色い。
垢の詰まった伸びた爪。
剃り切れてない無精髭。
全てが汚らしく、憎たらしい。
ああ、私、泣きかけているわ。
陰口を聞いてしまったときでも、涙なんかでやしないのに、目に涙が溜まっているわ。
帰りたい、もう食べたくない、気持ち悪い。
初めての感覚。
冷静にそれを観察している自分もいた。
そうか、
「気持ち悪い」の私のトリガーは、食事だったのか。
社交性が低すぎて他人とご飯を食べる機会が少なかったから気づかなかっただけで。
寛容な人間を気取っていたが大間違いだ。
いまのわたしは何ひとつ許せない。
これが生理的嫌悪感か。
怒りと殺意と困惑のブレンドである。
頭のてっぺんからじわじわと霜が降りてきて、背中に鳥肌が立っている。
皮膚が厚くなったような気がする。
顔も体も石みたいにこわばっている。
相手に対する正の感情が消え失せてしまった。
でも内側ではメラメラと良くない炎が燃えている。
額に青筋を立てながら
上司の方を極力見ないようにして
味のしないパスタを食べた。
なんか色々喋っているがほとんど耳に入らない。
口閉じて食え!!!!!
ちゃぶ台返し寸前。もう胸ぐらを掴みたい。
喉まで怒号が出かかっているのを砂と化したパスタで押し戻す。
***
うちの職場は高学歴で容姿端麗な人が多い。
私はかなり浮いた存在である。というか露骨に嫌ってくる人もいる。
上司はなかでもかなり異質な存在であると思う。顔の造形の問題ではない。ワイシャツがズボンからはみ出たまま、靴の踵を踏んでウロウロしてたりする。
そんな身だしなみの人は他にいない。
なんで上述の感じで、彼がやっていけてるのかって、
仕事がめちゃくちゃできて、
信頼できる人柄で、
ある程度の役職についているからである。
勉強家であらゆる方面について知識が豊富なので、他部署から彼に意見を求めにやってくる人があとを立たない。
面倒見も良い。
何か相談すると2日以内にきっちりとレスポンスがある。
上述のランチで、わからない仕事について質問したら、翌々日には私専用のマニュアルを作ってくれて感動した。
偉い人なのに、全く威圧感がなく話しやすい。
あと私の顔を見ても気持ち悪がらず、
普通に尊重して接してくれる。
これがどれほど貴重なことか私はよくわかっている。
良くも悪くも、見た目に一切頓着しないのだろう。
ただランチ以来、デスクに彼の髪の毛が落ちるのが本気で許せなくなった。
素手で払いのけていたけど、
今はティッシュで摘んで捨て、アルコールで朝と晩にデスクを拭いている。
なんとなく気持ちの問題。
小学生の頃〇〇菌といういじめが一瞬あった。10秒以内にどこかになすりつけないと汚染されるという。私は傍観者だった。いちいち表立って庇わないけど、汚染うんぬんはアホくさすぎて全く気にしていなかった。
30年経ってなんだかそのいじめっ子になったような気分だ。退化してる。
***
私が入社した日、
向かいの席には某KO卒の男性の先輩が座っていた。私より年下である。モテてきたんだろうなという外見である。
私を見るなり、毒を飲まされたような顔になり、その後1週間も経たないうちに、
「前から思ってたんだけど俺の席ってエアコンの風がうんぬん」とか理由をつけて、なかば強引に、トイレ近くの物置になっていたところへ席替えをして去っていった。
あの席で仕事したら俺のQOLが下がる、と仲の良い女性社員に言っていた。
(陰口つーのは本人に聞かれるようにできてるのだ。)
あのときはムカつくだけだったが、正直いまなら、心情だけは理解できる。
上司の隣の席にいてQOLが下がると感じ、席を変えたいと思っている。
私に向かって気持ち悪いと言う人の目の中には、怒りが燃えている、とずっと感じていた。
接客業をしていたときに教わったものだ、
怒っている客は本当は困っている客なのだ、と。
つまり自分の理解を超えたものに出会い、困惑し、それが限度を超えると怒りとして表出される。
自分が思う側に立ち、その困惑の強烈さを知った。なるほど、私に生理的嫌悪感を抱いていた人たちは結構マジでキツかったわけね、私という存在が。
だからって謝りませんけど、フーンて感じです。
学びました。
***
今後の方針。
食事のときに上司の近くに座らない。
普段は、もう考えないようにする。
そもそも、そういう食べ方の人もいていいじゃないか。性格は悪い人ではない、むしろとてもいい人である。仕事で勉強になることも多い。
大人だし、生理的嫌悪感に打ち勝ち、きちんと長所を尊重する姿勢でコミュニケーションとるべきと思う。
あと、自分の食べ方や身だしなみには一層気をつけていきたい。
上司の体臭や身なりは我慢できていたはずで、
食べ方が綺麗だったら今頃、印象は全然違ったのだ。
立ち居振る舞いの重要さを改めて知る。
早速今日の朝ごはんから始めよう。
読んでくださってありがとうございました。
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