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三世代に渡る興隆と衰退、その最期について/『リーマン・トリロジー』

 初のNTLive作品でした。良すぎて泣きそう。
 心の底から惚れ惚れしてしまう、という感覚を得たのは人生で本作が初めてかもしれない。


 『リーマン・トリロジー』は、タイトルの通り、リーマン・ブラザーズの興隆と衰退を描いた話である。

 アメリカン・ドリームを夢見て海を渡ってきたヘンリーたちの、たとえ自らの名前は変えることがあっても守り続けてきた祖国のルーツ、価値観や慣習が深く根付いた店は、けれども事業の拡大、押し寄せる年波により、彼らの手の届かない先へ先へと突き進み、どんどんとその在り方を変容させていく。

 創業者の三兄弟が引退を余儀なくされていく様がなんとも物悲しく、だけれど次から次へと目まぐるしく変化する時代の様相に、物思いに耽る暇もない。
 店はより大きく、世界にすら影響を及ぼす大企業へと発展し、いつしか実態のない数字と踊り続けるのだ。

 伝統的な葬儀はおろか、創業者一族への黙祷の時間すら削られていく様に、リーマン・ブラザーズは完全に彼らの手から離れてしまったのだと思った。
 そうして様変わりしてしまったリーマン・ブラザーズの終幕を、かつての創業者の兄弟(と同時に俳優三人が演じたリーマン一族でもあると思う)がこれまでそうしてきたような伝統に沿って葬儀を執り行うという構成もすごく好きだったな。

全体を通して


 三人の役者が作中の登場人物を次々と演じ分けていく。舞台セットは一つだけ、衣装も変わらない。
 だけど、たとえば帽子の着脱、コートの襟を立てる仕草、そんなちょっとした何かを起点にキャラクターの切り替わりの瞬間がはっきりと分かるので、ただただ彼らの演技力の高さに圧倒されてしまった。
 
 個人的には小説を観ているかのような気分だったけど、これは字幕の影響が強いだろうな。とにかくテンポ、緩急の付け方が良くて、情報量が洪水を起こしているのに明示的な分かりやすさがある。

 俯瞰的な時の流れだけでなく、結婚式まであと何日といった主観的な時の表し方を挟むことで、観客の心が主人公たちから離れすぎないよう絶妙なバランスが保たれていたんじゃないかな。

 三世代に渡る興隆と衰退の話でも、ダレないのは徹底的にリズムが作られていたからだと思う。

 言葉の韻の良さ(日本語、英語含めて。英語、語呂が良くセンテンスもだいたいが短くて、体感的にはけっこう聞き取りやすかった)、音や動き(三人が順に横を見たり、はたまた同時に動いたり)、合いの手のような説明、同じフレーズを度々繰り返すことによって生まれる全体の統一感や俳優陣の演技力、ピアノの生演奏。それらすべてが噛み合って生まれる奇跡的なテンポの良さだった。

 あれだけの登場人物を演じ分け、一瞬で視点切り替えを行っているのに、情報がすんなりと届く。演技で、あるいはナレーションを挟むことで視点誘導を的確に行い、今どの人物にスポットライトが当たっているのか、誰を演じているのかを示してくれるので、置いていかれることもなかった。情報の出し方も、ところどころ時系列順じゃない(訃報とか)んだけど、だから分かりにくいというわけでもなく、ほんとに情報の出し方が上手すぎる。

 とにかく観客の想像力をフル回転させる舞台だった。
 波止場が、駅が、農園が、小さなお店が、鉄道が、社長室が、ニューヨークの走り去るような日常が鮮明に浮かんでくるんだよ。ほんとにすごかったな!

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