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客観的でいることの功罪などについて/『善き人』

 ただでさえ上映回数が少ない(映画館で公開してくれるだけ本当にありがたい話だが)なか、どうにか見れないものかとスケジュールと睨めっこし、かなりの強行突破で見てきましたナショナルシアターライブの『善き人』。
 タイトルの時点で私の琴線に触れまくりだったのだけれど、あらすじを読んでこれは軽い気持ちで見れる作品じゃないなと気を引き締めつつ、鑑賞後はやはりそれを上回るしんどさがあった。

ハルダーの書いた小説について

 自分でも変なところに感情移してしまった気がするけれど、主人公が書いた小説について。

 母親の介護に疲れ果て、妻の代わりに育児や家事をこなす。
 そんな主人公が、母に対してどうか安らかに眠ってほしい(介護から解放されたい、いっそ居なくなってくれたら、でも苦しんでほしいわけじゃない)と世間や良心からはきっと受け入れられない本音を小説にしたためたのは、書くことで救われるタイプだったからかもしれないとふと思った。

 あくまでこれは小説、現実ではないのだと前置きした上で、世間には到底受け入れられないだろう自身の考えを肯定してあげたくて書いたという気持ちもあるんじゃないかな。勝手な想像だけど。

 そうやって正当化はしたけど後ろめたい、でも紛れもなく本心であるそれを、「心から書いたものだ」と誰かに認められ、直筆の手紙までもらってしまったなら、どうしても傾いてしまうと思うよ。私なら傾く。傾いてしまう。
 その誰かがたとえナチスで、主人公の小説を利用したいだけなのだとしても。

 そして安楽死を人道的な行為として逐一置き換えているのを見て、そりゃ染まるだろうなと。だって正当化してるんだもん。

 本人が望んだから安楽死させるのではなく、自分のために安楽死させたいのに、でも苦しい思いはしてほしくないという気持ちも持っていて、もうぐちゃぐちゃだよ。

 ズレがズレを生むというか。苦しんでほしくないという優しさを表に出す一方で、死んで欲しいと思っているのは自分なのに…。

主人公について

 主人公は悪人ではないのだと思う。正義感というよりかは、小さな良心が働く人。と同時に、特別強いわけでもない、ごく普通の人だとも思う。
 ガンに侵されるのも、ナチスに睨まれるのも怖い。不安に駆られたりパニックになった時、誰かのせいにできるならそうしたいし、右向け右と言われたら右を向く。目の前の子供に石を投げろと言われたら、せめてもの良心で足に投げるかもしれない。顔に当てないだけマシなのだと言い訳して、自分を正当化し続ける。

 ただそこで、こういうものだからと思考停止せずに客観的に物事を捉えようとして生じた、自分は他の人と違って問題点がちゃんと分かっているんだという優越感(もっと他に適した表現はあると思う。あるいは己を納得させるための理由付け)が、より差別に加担する流れを作ったんだろうと思う。

 自分は物事を客観的に見れている、こんな政策はあんまりだ、罷り通るわけがない。必ず失墜するし、これ以上悪くなんてならない。
 他の人と違って、自分はこの政策のひどさを理解できている。進んで手を貸しているわけじゃないし、むしろ自分がうちに入ることでより良い方向に導けるかも。

 全部希望的観測に過ぎなくて、拭い切れない不安が巣食っているからこそ余計に言い聞かせるんだ…。
 よく考えてみろよ、そんなことが現実に起こるわけないだろって。私じゃん……。

 その上で善い人であろうと思っている。努めている。だから純粋に差別に加担する他の人よりマシだと思ってしまう。罪悪感が薄くなる。こんな世界が、ユダヤ人が悪いんだから仕方がないと、どんどん責任転嫁をエスカレートさせていく。それでも加担していることに変わりはないのに。

 そしてこの舞台を見て客観的に感想を書こうとしている自分にも跳ね返ってくるなと思った。お話の作り方もそんな感じだったような気がする。
 一つの物語に没入するというよりかは、定期的に視点やシーンが切り替わることで、一歩引いた目で見ざるを得ないというか。

 『善き人』を見ている間、『ファイナルアカウント 第三帝国最後の証言』を思い出した。
 罪の有無について、いったいどこを境目とするのか。直接手を下したら? 収容所の警備員は? 給与計算係は?
 罪はない、有罪にはできない、良心を基準にするなら加害者側。ファイナルアカウントでの大部分の証言では、「”何が行われていたか知らなかったとしても、”私たちは加担していた」という言葉が共通していて印象的だったのだけれど、『善き人』を見て改めて考えさせられる機会になった。

 でもそれも、今だからこそ言えることで、私が彼らならきっと同じことをしたんだろうなと突き付けられたようで大変しんどいし苦しいね…。

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