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『しゃもじ』

俺の親父は俺がまだ小さい頃、「しゃもじの気持ちが知りたいんだ」と、満面の笑顔で白米炊きたての炊飯器に頭を突っ込みそのまま帰らぬ人となり。その3年後、おふくろはちょっとしゃもじを買ってくるわと言ったきり行方不明になった。俺はしゃもじを呪った。特につぶつぶが付いててご飯が引っ付かないように出来てる奴は重点的に呪った。そしてまあ色々なきっかけからあらゆる黒魔術に手を伸ばした俺は、ついに悪魔を召喚することに成功した!おお悪魔よ!どうか、どうか、この世からしゃもじを無くしたまえ!キュ、キュイーン!ピカァーーン!凄まじい音と光と共に悪魔は消えさった。しかし消え去る直前、悪魔が少し唇をひつくかせ、気まずそうにぎこちなく笑うのを俺は見たんだ…。そういえばあいつ、一回も俺と目を合わさなかったなぁ。。

目を覚ますと、そこは見知らぬ奇妙な部屋だった。俺はいつのに間にかフカフカの大きなしゃもじの上に寝かされていて、床にはびっしりと木製のしゃもじが敷き詰められていた。天井からは所狭しとしゃもじが吊るされていて、棚にはしゃもじのような形をしたオブジェが飾られ、壁にはしゃもじの肖像画がでかでかと掛けられている。そして窓の外には一面しゃもじ畑が広がり、遠くの丘ではしゃもじの群生が咲き乱れ、空を見上げればしゃもじが群れをなして飛んでゆくのが見えた。ちくしょう、またしゃもじか…ここに来てなお、しゃもじなのかよおおおおおおお!!いつでもどこでもしゃもじしゃもじしゃもじ…。ちきしょう、まったくしゃもじに振り回されっぱなしの人生だったナァ。そう…6年前に山荘の一室に閉じ込められたあの時だって………………………。


ー6年前ー

やつら、ここに俺を案内したはいいが、一向に帰って来る気配がない。まさか俺をこの部屋に閉じ込めておくつもりなのか?なるほど天井を見ると、たこ糸ではんぺんが吊るされている。もう一方の糸の先は、屋根裏を通して隣の部屋で常に待機している、タカシの耳たぶに洗濯バサミで繋がれていて、うっかりはんぺんを食べようなどと引っ張れば、タカシが「イテー!」と大声を出し、その声に思わずビクッとしてしまうと言う寸法だ。何て恐ろしいトラップを考えるんだ、あいつら!視線をドアの方へ向けるとドアノブにはなんかすっごい汚いベトベトした物がたっぷりと塗られている。なるほど、そう言うことだったのか。この部屋に通される前、ハンカチとティッシュを没収され、これは本当に大切な親の形見なんだと念を押された浴衣を着させられたのは、ハンカチやティッシュで拭くことも、服で拭くことも出来なくするためだったのか…。ちくしょう、なんて陰湿な奴らなんだ。どうやら奴ら、本気で俺をここに閉じ込めたいらしい。俺ははらわたが煮えたぎる思いだった。その時ふと、はんぺんとは違う位置の天井から何か大きな物が吊るされているのが見えた。なんだアレは…? 下まで歩いて行き、見上げてよく見ると....それは強力そうな洗濯バサミに挟まれた、見るからに重そうな鉄製のしゃもじだった。同時に、となりの部屋でたかしが何やら叫ぶと、正体不明の鈍痛が頭部に走り、俺は意識を失った………。


遡ること10分

隣の部屋のたかしは大きくため息をついた。いやーこれはまったく割に合わない。たかしは心の底から後悔していた。時給2000円と言うのに惹かれて学校に3日間の虚偽の欠席届をだし、3時間に及ぶ、肺活量、声量、声の伸び、声質、音域、びっくりしてから声が出るまでのラグ、耳たぶの形、つや、触りごこち、などなど様々な審査を末てやっとこのバイトにありついたものの、24時間体制で耳たぶに洗濯バサミを挟まれ、眠ることも許されず、いつ来るかも分からない耳たぶの痛みに怯える日々を過ごすとは思わなかった。しかも、学生は一日5時間以上働くことは禁止されているから、一日5時間までのバイト代しか払えないだと?ちきしょう、こんな事になるなら誓約書の「私は5時間分の給料で24時間働きます」と言う欄にサインなんかするんじゃなかった…。ちょうど、そんな事を考えていたその時、たかしは信じられないものを見た!今まで気づかなかったが、自分の部屋にもはんぺんが天井から吊るされていたのだ! と、言うことはだ。俺と同じ境遇の奴が少なくとももう一人は居ることになる。くそっ、どう言うつもりなんだあいつら!クレイジーな奴らめ!待ってろ、俺が今お前のいつ来るかも分からない痛みに耐える地獄のような時間に終止符を打ってやる!どうせ痛い思いをするなら早く取られたい気持ちは痛い程分かる。自分と同じ境遇で怯えている人を思い、たかしは胸が張り裂ける思いだった。しかし、たかしは気づいてしまった。ちょっと待て、俺の耳たぶに繋がれた糸の先、その部屋に居るやつも耳たぶに洗濯バサミを付けられているとしたら?何故早くはんぺんをむしり取って外してくれない?同じ境遇ならそいつだって俺の気持ちが痛いほど分かるだろうに。いや!そもそも洗濯バサミを付けられたのは二人だけで、お互いにお互いのはんぺんを前にしている可能性すらある!よく見れば二つの糸は同じ方向へと向かっているじゃあないか。これはもう十中八九そうだろう。それなら何故自分を解放してくれないような奴を助けてやらなくちゃいけないんだ!たかしは一瞬とはいえ、同じ痛みを共有する仲間とさえ思った人物に裏切られたことに、勝手に憤りを感じていた。くそおおお、どいつもこいつも!なんだってんだ!ちくしょおおお!もうやってられるか、こんなもの思いっきり引っ張ってやる!そうしてたかしは乱暴にはんぺんをむしり取るととむしゃむしゃと頬張ったのだった。

たかしの想像(左)        現実(右)

「と言う物語なのですが教授、我々はここからどのような教訓を得られるのでしょうか?」

「まあそんな話はどうでもいいから、いい加減私をここから降ろしなさい。ホント頼むから」

つまりちょっと30分くらい遅れるわ!すまん!