見出し画像

いくら歯医者に通っても歯は絶対に治らない

 歯科医師も患者さんも、多くの方が勘違いしていることがあります。
歯の治療で治ることはありません。
私たち歯科医師は歯を治していると勘違いしていますが、治しているわけではなく問題を先送りにしているにすぎません。

「痛みをとっているだろう」
「ちゃんと被せて噛めるようにしている。治っているじゃないか」

反論したくなる気持ちはわかります。どんなに精度の高い被せ物でも、素晴らしい技術で根の治療をしても、
それらは決して治ってはいないのです。

むし歯治療で治らない理由

 では話を変えて治る治療から始めます。みなさんは転倒などで、ヒザをすりむいたりしたことがあると思います。その時にお医者さんに行って薬を処方してもらいます。
しばらくすると出血が収まり痛みが消えて、見た目では傷が無くなる、いわゆる「治った」と言える状態になります。
これは本当に治っています。

この治った状態とは、壊れた細胞が新しい細胞に置換して、すりむく前と見分けがつかない状態になります。
こうしてすりむく前と全く同じ状態、全く同じ機能になることを治癒と呼びます。

では、むし歯の場合はどうでしょうか。
むし歯とは簡単に言うと歯の一部ないしは全部が無くなっている状態です。
専門用語で欠損と言います。
私たちはこの欠損した部分をレジンや金属などの人工物で補うことをしています。
補う部分が小さい場合は修復、大きい場合は補綴(ほてつ)と呼びます。

残念ながら欠損した部分は永久に元通りに戻りません。
ヒザをすりむいた時とは違い、むし歯になる前と全く同じ状態に戻ることがありません。
だから私たち歯科医師は人工物で補っています。
補っているだけで治っているわけではありません。
だからメインテナンスが必要だったり、被せ物を作り直すことになったりするのです。

よく考えてください。
すりむいたヒザが一度治って、何年かしてまた同じ部位が出血して痛み出すことは無いはずです。
これは治っているからです。
歯の詰め物を何年かしてやり直す理由は治ってないからです。

歯医者はなにをやっているのか

 では歯医者さんはどうやって欠損を治療しているのでしょうか。
歯医者さんは欠損部分を金属やレジンで埋める治療をしています。歯の穴を埋めているだけで、むし歯が無かった時の歯の状態に戻っていません。
なぜ欠損を修復・補綴する必要があるのでしょうか。
理由は3つあります。

1. 機能(食事、発音など)
2. 見た目を良くするため
3. むし歯の進行を遅くするため

1と2は理解しやすいと思います。歯に穴があいているとしっかり噛めません。発音に問題が生じる場合があります。人によっては釣り糸をかんだり、楽器をくわえる役割もあります。
前歯がむし歯で欠けていると恥ずかしいですよね。

 なぜ欠損を修復することで、むし歯の進行を遅くすることができるのでしょうか。むし歯の主な原因はプラークという細菌の塊です。ミュータンス菌だけが虫歯をつくるわけではありません。
プラークが成熟することで、歯を溶かす酸を作るようになります。しかしプラークが成熟する前に掃除すれば酸を作れません。酸を作れなければ、むし歯の進行を停止できます。
補綴や修復をしてプラークが成熟しにくい環境を作っているのです。

歯の寿命が人の寿命を超えたとき

 修復や補綴は人工物です。そのため代謝することなく劣化します。
劣化した部位から一時停止していたむし歯が活動を再開します。
大抵は補綴物と歯をくっつけているセメントから劣化が始まります。
これを二次カリエスと呼びます。

 二次カリエスが生じた場合、修復物や補綴物を撤去して、またやり直しです。この時に補綴物が取れたり、欠けたりして、患者さんや歯科医師が気付けば対応が早くできます。でも、中途半端にくっついたままで、内部でプラークが猛威を振るったら…。
皮肉にも善意で入れた補綴が原因で、むし歯の進行を早めてしまう
歯の寿命を短くしてしまうこともあるのです。

私が安易に削らない理由は、削った部分は治らないからです。
抜いた歯は元に戻りません。
どんなに理想的な補綴をしても、治っていない以上、その人工物は永遠ではありません。
ある一定期間において治っているように見えるだけです。

そして人間は変化します。年齢を重ねて機能が変化します。
しかし補綴物は変化に合わせて変形できません。
入れたときは良くても、前述のように補綴自体が諸悪の根源にすらなりえるのです。

 治っていない、変化できず劣化する人工物である以上、やり直しを避けることはできません。完全無欠で永遠の補綴物は存在しないからです。そういった意味では最終補綴は存在しない、と考えることもできます。
所詮は一定期間の隆盛であり、その後に衰退が待っています。
人間の生み出すものは、なんであれ似ています。
家も車も法律だって、最初は理想的であっても、それが足かせになりえるのです。
もしかすると「治る」ことは人知を超えた先にあるのかもしれません。

修復・補綴を繰り返し、寿命に到達するまで「だましだまし」もたせる。
私は歯の寿命が人間の寿命に勝った時が歯科治療の成功だと考えています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?