「嘘をつくように育ってるつもりないよ」の話
先日の出来事。我が家の男女双子(年長)、保育園で何かあったご様子。
しかしながら、小さい頃と違って段々と言わない。という選択もするようになってきた5才児。
娘:息子くん、今日先生に怒られたんだよねー。あー言っちゃった。ごめん。(なんかわざとっぽい話のフリ方。これは何か伝えたそう。)
息子:言わなくていいじゃん...
母:怒られたこと怒らないから、なんで怒られたのか教えてよ。(と言ってみたものの、やんちゃ怒られエピソードが出てくると思っていたら、今回はちょっと話が違ったのです。)
ほうほう、双子の意見だけ聞いていると、結果的にやっていないことで怒られた??ということなのか。
母:走ってないなら、「僕はやっていません。」って言わなかったの?
と聞いてみると、
とのこと。うーん難しい。
娘に「息子は走ってなかったよ」って言わなかったの?と聞いてみるも、
そうかー。それは難しい。
「でも、やっていないんだよね?」なら「やってない。」って言っていいんだよ。と伝えてみるものの、うーん。と黙るばかり。
子どもたちの話を聞いて、「本当にやっていないことで、泣きながら謝ったとしたら、ママは本当に悲しい。辛かったね。ママは2人を信じるよ。」と伝えることしかできませんでした。
息子は涙を浮かべながら静かにうなずき、「今日のことは、もう先生を許したし、その後の時間は先生ともニコニコ過ごしたから、この話はもうしたくない。」と言ったのでした。
先生を許す。って言葉が出る時点で、息子は理不尽ながら謝らざるを得ない状況だったこと。そしてこの件は水に流したのか、蓋をしたのか、彼の中で落とし所を見つけたというのか…
その後、双子たちと話を続け、
「やっていないこと。」なのに謝ったら、「やったこと。」になってしまう。大人でも警察に捕まってやっていないことなのに、やった。って言ってしまったら、その後刑務所に行かなきゃいけなくなることもあるんだよ。
という説明をしたところ、二人とも理解した様子。
これから大きくなるにつれて、理不尽なこともたくさん経験するだろうけれど、そんな時の処世術を学ぶのは今じゃない。と思ってしまう親心。今度また今日のようなことがあったら、「やっていません」という主張をしていい。泣いて否定してもいいし、怒ってもいい。「お外に出てなさい。」って言われたら外にでていい。ママがお迎えに行くから。と伝えて、「ママは2人を信じるから、また何かあったら教えてね。」というと、娘がこんなことを聞いてきました。
と返されたのでした。おおおぅ…良かった。
例によって、「今回のことを保育園に伝えるのはやめてほしい。先生の悪口を言っちゃったし。先生が怒られたらかわいそうだし」という双子たち。
それでも寝る前に娘が「ママ、スッキリしたね。それに、やっていないことをやったって言っちゃいけない理由を教えてくれたから、初めてわかったよ。」と言っていました。
今日の一件も、事実の全貌がわからないのでなんとも言えないけれど、
小さい人たちが小さい心で色んなことを感じて、色んなことを考えていること。そのうえで行動している。ということには向き合っていきたい。そう思った出来事でした。
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