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がん患者と自由診療③

今回がこのタイトルの最終回です。最後はどうしても自由診療を受けたい方へのメッセージです。繰り返しになりますが、自由診療を選ぶことは個人の自由です。しかしお金儲けの治療に手を出す人が減らないと業者も減らず、悪循環は断ち切れません。理性的になって善良な医療者の言葉に耳を傾ける勇気が必要です。

自由診療を受けたい場合はどう考えるべきか

 患者さんが自由診療を考慮するパターンは、私の経験から3つです。

① 標準治療以外でもっと良い治療を受けたい
② 標準治療に併用して、効果を高めるような治療を受けたい
③ 標準治療終了後、他に治療が無いか探したい

それぞれについて解説します。

① 標準治療以外でもっと良い治療を受けたい

科学的根拠や、複数の医療者・識者・患者グループの代表などによるコンセンサス(合意)に基づいて、効果があると判断された治療を標準治療と言います。「標準」という呼び名ですが、実際は「現在の科学水準で最も効果が高いと考えられる治療」という意味です。つまり標準治療より高い効果を科学的に証明された治療は一般的に無いと言えます。

①のパターンを選ぶ患者さんは、芸能人や経営者などのいわゆるお金持ちに多い印象です。お金持ちは普通の人より良いサービスを受けてきましたので、医療においてもより良いモノを、という思いがあるのかも知れません。「日本ではまだ認められていない、副作用が少なく効果の高い治療」や「自然治癒力を高めて治す」などの特別な感じに惹かれてしまうようです。例えば免疫療法系・遺伝子治療などの自由診療の他、糖質制限などの健康療法・自然派系・ヒーリング系・がんと闘わない系・宗教系など種類は様々です。
 しかし日本においては普通の人が受ける保険診療が最も良い治療なので、それ以上はありません。この段階で自由診療を勧めてくる人間は100%営利目的か、科学とはかけ離れた宗教といって良いでしょう。よくよく熟考されることを望みます。

② 標準治療に併用して、効果を高めるような治療を受けたい

今、自由診療で多いパターンがこれです。自由診療クリニックも医療機関という建前上、標準治療を無視した治療法の提示は場合によっては裁判沙汰になりますから、基本的にはそちらを勧めつつ、それに併用するとより効果を高められるという宣伝がされています。免疫療法系(ワクチンなど)やビタミン系の治療に多く見られ「がん末期になると免疫力も弱って効果が落ちるので、元気な内から標準治療に併用して行うことを勧めます」などと謳っています。これは我々から見ると絶妙なやり方であり、

① 標準治療と併用しているので副作用対応は保険診療医に任せられる
② 最近の標準治療は良く効くので、多くの患者に効果があった!と言え、患者は治療に肯定的な印象を抱く(が、標準治療が効いているだけ)
③ 効いた症例は治療の奏効例として、新規患者にデータ提示できる
④ 標準治療と併用しているので、治療が効かなくても責任の所在が明らかでなく、効果が無いと訴えられる心配はない。

という、いいとこどりの方法です。標準治療は日々変わるのに、どんな治療とも安全に併用でき、効果も期待できるという根拠はどこにあるのでしょう。私に言わせてみれば「ただの水」と変わらない治療だから、どんな治療とも併用できるし副作用も無いと自信を持って言えるのでは、と疑いたくなります。現在の法律ではこういう曖昧な医療を規制出来ず、医師免許がお金儲けのツールとして利用されているのは嘆かわしいことです。

③ 標準治療終了後、他にがんと闘う方法が無いか探したい

標準治療を終了してしまったあとは一般的に積極的治療(がん細胞を攻撃して数を減らす治療)はありません。しかしそれは「手の施しようが無い」ということではありません。この段階においては、がんによる辛い症状を取りながら最後までがんと闘い、家族や近しい人と大切な時間を過ごすことを目的とした治療を私は提案しています。
 これは一般的に緩和治療と呼ばれています。緩和治療と聞くとやはりネガティブな印象をもつ方もいると思いますが、積極的に緩和治療を行うことが延命につながるエビデンス(科学的な証拠)も一部にはあります。緩和治療が勧められる患者さんに対して、抗がん剤などを無理に行うとむしろ体調を悪くして余命を削ってしまうことがほとんどであり、緩和治療が一番長生きに繋がると考えているからこそ、私は提案するわけです。(実際は緩和治療は治療初期から併用されます)

 さて、このような段階の患者さんに自由診療はどうでしょうか。私はこの時点で科学的に妥当な積極的治療を提案できないため、自由診療が患者さんの前向きな気持ちに繋がるのであれば、ある程度許容できると考えています。ただ効くか効かないかは不明確であるため、それを承知の上で価格が納得できる範囲なら検討するようアドバイスしています。

まとめ

 以上まとめますと、私は標準治療が終わった後にまだ元気があれば、自由診療(あるいは代替医療)を検討することは差し障りないと思います。ただ効かない治療に大金を払っても、それは大切なお金を捨てているだけです。担当医と良く相談の上、医学的見地からお金を払う価値があるかどうかについて十分アドバイスを受けてください。

終わりに

 以上3回に渡り、がん患者と自由診療について記載しました。自由診療にはある意味宗教と紙一重のものもあります。必要な手術や抗がん剤治療を受けず、自然療法だけが治す手段だと信じた結果、きちんと治療すれば治ったはずのがんが悪化し命を奪われたケースもあります。善意ある医師たちは長きに渡りこれらへの警鐘を鳴らし続けています。
 全ての自由診療がインチキとは言いませんが、もし真面目にその治療が効くと考えているのであれば、科学的根拠を積み重ねる努力をしていることが大前提です。そうでなければ医学とは呼べません。

 この文章がどなたかの一助となれば幸いです。また折を見てこれに関連した話題には触れていくつもりです。最後までお読みいただきありがとうございました。

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