SAR衛星データ利活用の現在地。ゲームチェンジャーは“常時接続”【白坂教授×CEO常間地 対談】
雲がかかっていても、夜間でも地上の様子を捉えられるSAR(合成開合レーダー)衛星。国内外のベンチャー企業がコンステレーションの構築に乗り出していて、今後さらに活用が進むと見られています。
このSAR衛星を使うと一体何ができるのか。何が実用化のネックになっているのか。それが解消されることによって、私たちの暮らしや衛星ビジネスは、どのように変わっていくのか。
慶應義塾大学大学院教授で、SAR衛星ベンチャーSynspectiveの共同創業者である白坂成功教授に、ワープスペースCEOの常間地が聞きました。
白坂 成功
東京大学大学院修士課程修了(航空宇宙工学)、慶應義塾大学後期博士課程修了(システムエンジニアリング学)。大学院修了後、三菱電機にて15年間、宇宙開発に従事。「こうのとり」などの開発に参画。技術・社会融合システムのイノベーション創出方法論などの研究に取り組む。2008年より慶應義塾大学大学院SDM研究科非常勤准教授。2010 年より同専任准教授、2017年より同教授。2015年12月〜2019年3月まで内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラムマネージャーとしてオンデマンド型小型合成開口レーダ(SAR)衛星を開発。社会実装可能な研究・教育を実施するため自ら宇宙ベンチャーSynspective社を立ち上げ事業を行う。
株式会社ワープスペース代表取締役CEO 常間地 悟
筑波大学在学中(20歳)に最初の起業。大学院で国際投資法を専門に研究をしながら、並行してこれまでに4社の立ち上げに携わる。(うち1社ベトナム)。主にITスタートアップ等の創業メンバー/役員として経営戦略、ブランディング、法務、財務等を主に担当。起業家育成活動にも参画してきた。
ワープスペースとしては、2016年11月~2018年12月まで社外取締役。宇宙産業の民主化を、インターネット/通信の文脈から実現するべく、宇宙のグローバルトップ通信キャリアを日本から生み出すことに全力で取り組んでいる。
※以下、敬称略
発災後2時間以内が勝負。災害対応で期待される衛星データ
常間地:まずは改めて、SAR衛星に期待されていることを教えていただけますか。
白坂:まずは、SAR衛星の特徴から。光学衛星と比べて、何が一番違うかというと、雲の下でも観測ができて、日が出ていない夜間も撮影できることです。なので、いつ起きるかわからない災害対応と相性が良いのです。
2021年8月に佐賀県六角川で発生した浸水状況を解析した図
(提供:Synspective)
常間地:災害対応というと、先日、自然災害対応を総合的に研究している国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)とSynspectiveが共同実証を行うと発表していたのを拝見しました。
白坂:Synspectiveにとって、災害対応は創業当初から注力している領域の一つでした。
災害というと、東北から九州まで国内全域を襲う南海トラフ地震が2025年から2045年の間に起こるという予想が出ています。予想被害総額は約220兆円。これまでに経験したことがないような災害が起こる可能性に、私たちはさらされているのです。
南海トラフ地震の防災対策推進地域(出典:気象庁)
広域に起こっている被害を捉えられるのは、衛星くらいなので、「発災時に衛星データが使えるように早くして欲しい」と関係各所から言われていました。
Synspectiveは2020年12月に小型SAR衛星の1号機を打ち上げたので、そのデータを早速使ってもらおうとしたのですが、「どこを撮影すれば良いのかわからない」という課題が出てきました。SAR衛星は撮影するのに膨大な電力を消費するので、常に撮り続けることはできませんし、ニュースで災害を知ってから動き出してももう遅いのです。
そこで、いち早く情報を入手して動ける仕組みを作ろうと、防災の専門家である防災科研と連携を結びました。長年の経験がある防災科研は、「次はこの場所が危ない」と予想できるので、災害が起こる前に、データ取得に向けて動き出せます。今後、衛星の機数が増えれば、さらにニーズに答えられるようになっていくでしょう。
常間地:「災害が起りそうだ」という情報から、衛星に送るコマンドを決めていくわけですね。衛星によるリモートセンシングが災害対応で効力を発揮している理由には、やはり「即応性」が挙げられると思いますが、実際の現場から求められているリードタイムは、どのくらいなのでしょうか。
白坂:科学技術イノベーションの実現を目的に内閣府が創設した国家プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(通称、SIP)」では、発災後2時間以内に広域の災害状況を把握することが目標として掲げられています。この2時間という数字は、政府が災害対策本部を立ち上げるまでのおおよその時間です。
やはり災害対策本部の発足までに、どのくらい情報が入手できているかによって、初動は変わります。そこで提供できる情報の質を向上させていく必要がありますし、そのためには、衛星の機数やダウンリンクできるパス数と容量、地上での処理速度を向上させていかなければいけませんよね。
現場で求められる即応性の壁
常間地:ここまで災害対応を中心にお話を伺ってきましたが、他に注目されているSARデータのユースケースには、どのようなものがあるのでしょうか。
Synspectiveが運用するSAR衛星の画像(提供:Synspective)
白坂:SynspectiveのSARセンサの周波数はXバンドで、人工物を捉えるのに適しています。なので、都市開発での利用にはポテンシャルがあるでしょう。
例えば、陥没事故。大きな穴が開くというイメージがありますが、実際の被害はそれだけではありません。周りの土地が横に動いて、周辺の建物も曲がったり、崩れてしまったりする場合があることが、干渉SAR解析でわかりました。
<干渉SAR解析とは>
一度目と二度目の観測結果の違いから、地表面の変化を数cmレベルで検出できる技術です。
参考:干渉SARってなに?(国土交通省 国土地理院)
Synspectiveでは、この技術を活用し、縦方向と横方向の地盤変動を見て、陥没の可能性があるエリアを予想するサービスを提供しています。
衛星の良いところは、わりと簡単に、ある一定期間にわたって、同じエリアを撮影し続けられることです。それから、測量は点で図っていますが、SAR衛星は面で見ているので、測量ではわからなかったことがわかることもポイントです。陥没してしまったエリアは、「何かが少しおかしくなっている」という予兆が見えます。
常間地:都市開発というと、日本は高度経済成長期から60年が経ち、インフラに課題が出てくるタイミングです。しかしながら、インフラのメンテナンスには、膨大なコストがかかります。
SAR衛星を上手く利用すれば、メンテナンスが行き届かない箇所でも、予兆を検出して大きな事故を防げるのではないでしょうか。
白坂先生:おっしゃる通りです。「サステイナブルな都市開発」をしていこうというのは、私たちの思いの一つ。インフラの維持メンテナンスは、効率化する必要があります。「変動が起きている、橋や道路から優先的にメンテナンスをやりましょう」と提案するのには、SAR衛星が活かせると思っています。
さらに、地盤変動のデータは工事現場で働く方々にとっても、関心が高いことがわかりました。
「昨日掘ったところが、今日はどうなっているか知りたい」という相談をいただきました。作業した部分に問題ないか確認したいというニーズがあるようです。
常間地:SAR衛星は何かが物理的に動くのを捉えるのに強みがあるわけですね。海洋監視のユースケースも見られますね。
白坂:そうですね。海洋監視はまさに、即応性が求められるケースです。特にアジアには、未だに活動している海賊船が多く存在していて、苦労している国があり、ニーズがあるでしょう。しかし、違法漁船や不審船を検知しても移動してしまうので、「2時間前にここにいました」と知らされても困ります。なるべく早く情報を提供する即時性を高めていく必要があります。
常時接続で変わる、地上と衛星の役割
常間地:防災対応やインフラ維持のためのモニタリング、都市開発、違法行為の検出など、地球観測衛星が世界に貢献できることは、多数ありますね。それぞれのケースを実用化させていくのに求められている「即時性」を実現するキーワードに、「常時接続性」があると思っています。
白坂:軌道上でオンボード処理ができるようになれば、結果的にダウンリンクできる有益な情報の量を増やせます。さらに、地上でのデータ処理がいらなくなれば、データを必要としているユーザーに直接データをダウンリンクしていただくことも可能になるかもしれません。
しかしながら、常時接続が実現すれば、オンボード処理よりも、撮影してからデータを解析して、ユーザーに届けるまでの時間は短くなるはず。私たちは、光通信による大容量かつ高速の通信ができるように期待をしているので、オンボード処理はどこまで必要になるのだろうかという疑問も感じているところです。
常間地:常に即時通信ができるようになればオンボード処理のあり方も変わっていくのかもしれません。
白坂:そうですね。今は衛星と地上間で通信できるタイミングと容量が限られているので、それに合わせて衛星が設計されています。常時接続ができるようになり、制約がなくなれば、衛星と地上の役割が大きく変わるかもしれません。例えば、自動車業界もそうやってイノベーションを起こしてきたので、衛星にも同じことが起こり得ると思っています。
それに、データをより早く地上に届けられるようになれば、需要が拡大して、衛星の機数もどんどん増えていくでしょう。そうすれば、衛星に搭載されるセンサの種類は多様化していくはずで、より多くのものが宇宙から見られるようになります。
常間地:私たちワープスペースが目指しているのは、まさにそこです。常に通信ができる環境を前提として衛星を設計すれば、できることが増えるはず。地球観測衛星事業者や通信事業者と一緒にゲームチェンジを起こしていければと思っています。
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