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【LATSAT 2023】アルゼンチンの宇宙開発の勢いはいかに!ラテンアメリカで注目の宇宙イベントから見える新潮流。

 2023年5月23-24日に、ラテンアメリカ地方での宇宙開発分野を包括するカンファレンスであるLATSATがアルゼンチンの首都、ブエノスアイレスで開催されました。LATSATの主催は宇宙関連コンサルティング企業のEuroconsult社で、アルゼンチン国営の人工衛星関連企業であるARSAT社及びアルゼンチン政府が協賛しています。LATSATには中南米各国(LATAM地域)の政府関係者が多く集い、アルゼンチン大統領が急きょ会場に来るなど、注力している様子がうかがえます。トピックも衛星通信や観測衛星などを中心に、幅広い分野をカバーしていました。
 ワープスペースからはCSOの森が現地参加し、パネルディスカッションに登壇しました。本記事では、その様子に加え、日本人にはあまり馴染みがないであろう、アルゼンチンの宇宙開発について簡単にご紹介します。

パネルディスカッションに参加した森(中央)。左はThrusters Unlimited社CEOのBenjamin Najar氏、右はモデレーターのEuroconsult社CEOのPacome Revillon氏。

南米の雄、アルゼンチンの宇宙開発の現状

 LATSATには先程も述べた中南米各国の政府関係者に加えて、中南米各国のスタートアップ企業のエグゼクティブらも列席していました。そのためか、英語に加えてスペイン語やポルトガル語も飛び交う、非常に独特な空気感であったと森は語ります。その中でも、大統領まで参加したアルゼンチンは、ラテンアメリカの宇宙開発シーンにて特別な存在感を放っていました。
 LATSATが開催されたアルゼンチンは、ラテンアメリカでは有数の宇宙強国であることが知られています。確かに、欧米諸国と比較してしまうと後発ですが、アルゼンチン国営の宇宙機関であるアルゼンチン宇宙活動委員会(Comisión Nacional de Actividades Espaciales:CONAE)の貢献により、地球観測データに誰もがアクセスできるプラットフォームも整備されていたりなど、裾野の環境はかなり整備されています。また、CONAEの存在もさることながら、アルゼンチン発の宇宙スタートアップにも注目すべきだと森は述べます。先述の人工衛星関連企業であるARSAT社をはじめとして、アルゼンチンに拠点を構え世界的に事業を展開する機器メーカーのINVAP社、打ち上げから衛星運用まで幅広く取り組むVENG社、そしてワープスペースの提供する光通信衛星のバス部の開発に関わるReOrbit社など、他のラテンアメリカ諸国に比べて充実していることが伺えます。また、アルゼンチンは特に通信衛星を多く打ち上げており、通信大手のHughes社による衛星サービスなど、ブロードバンド市場において活発な事業展開がなされています。また高分解能の光学画像と動画・ハイパースペクトルセンサーを搭載した観測衛星コンテレーションを構築するSatellogic社もアルゼンチン発。ワープスペースと類似する光通信中継サービスを提供するSkyloom社の共同創業者2名の出身もアルゼンチンでアルゼンチンの従業員も多くいます。

宇宙開発におけるアルゼンチン躍進の背景ー極域に近い地上局の意義ー

 アルゼンチンの躍進は、その歴史を辿ることでその理由が見えてきます(*1)。アルゼンチンでは、1949年、電気機械技師のテオフィロ・メルコール・タバネラが中心となって、アルゼンチン初の宇宙愛好家団体であるアルゼンチン惑星間協会(SAI)が結成されました。このSAIは、国際宇宙連盟(IAF)の設立時に、ラテンアメリカ地域から唯一参画した組織です。その後、アルゼンチン国内の政情は、経済恐慌、ハイパーインフレ、借金、そして軍事独裁政権(1976年〜1983年)という激動の歴史をたどりますが、それにもかかわらず、アルゼンチンの技術者たちは歩みを止めず、1991年には、先述のアルゼンチンの国立宇宙機関CONAEが設立されました。
 CONAEはその後、NASAと共同で、4つの地球観測衛星「SAC-A/B/C/D」を1998-2011年にかけて打ち上げるなどの成果をあげる一方で、1997年以降、CONAEは欧州宇宙機関(ESA)と多くの協力協定を結び欧米諸国との結びつきを強めていきます。ESAやNASAによる、彗星探査機Rosetta、土星探査機Cassiniをはじめとする深宇宙探査機や、地球観測衛星を捕捉する地上局を提供し、これら欧米の宇宙機関にとって重要なパートナーとなりました。また近年では、中国国家宇宙局は、アルゼンチンのパタゴニア地方にも中国の月・惑星間宇宙船をサポートするための深宇宙追跡局を設置するパートナーシップも締結しています。
 多くの衛星は「極軌道」と呼ばれる北極と南極の上空を通過する軌道を周回するため、北極または南極に地上局を建設することで、衛星が地球を一周するたびに通信できるようになります。地上局の運用には、電力網や衛星からダウンリンクしたデータを顧客に届けるための光ファイバーなどの地上設備が必要です。そのため、インフラが整っていない南極に地上局を設置するハードルは高いため、南極に近くインフラの整っているアルゼンチンは衛星運用の観点から非常に重要な土地なのです。そうした背景をもとに、世界各国と地上局を巡る連携協定を結び、例えば中国に対しては、アンテナの10%の使用権を手にする(*2)といった協定を結ぶことにより、アルゼンチンは国際的なパートナーシップで得られるリターンを自国の通信衛星事業に還元しています。このことが、アルゼンチンにて通信衛星事業が育っている理由の一端であると考察されます。

全地球航法衛星システム(GNSS)および低軌道衛星(LEO)の地上局の分布(*3)。極域に近い地上局としては、南米に加えてオーストラリアやニュージーランド、カナダやグリーンランドが重要であることがうかがえます。

(*1【参考:Hackernoon】Argentina’s Steady And Visionary Path To Space Is An Inspiring Tale)
(*2【参考:Science Potal China】中国の衛星追跡局、アルゼンチンに設置へ)
(*3【参考:Ren et al., (2021). Journal of Geophysical Research】Electron Density Reconstruction by Ionospheric Tomography From the Combination of GNSS and Upcoming LEO Constellations)

ワープスペースはアルゼンチンと今後どのように関わっていくか

 先にも述べた通り、アルゼンチンでは土地柄、衛星通信産業が非常に重視されてきました。ワープスペースの提案する衛星間光通信はまさに、その分野をカバーする新技術です。近年、光通信は多数の衛星が複雑にコミュニケーションをとる衛星コンステレーションの実現に重要な要素技術として大きく注目を集めています。その一方で、光通信による高いデータレートでの通信は、少ない数の通信衛星で大量のデータを伝送することを可能にします。アルゼンチンは確かに衛星通信産業が盛んではありますが、所有する衛星の数は欧米には及びません。しかし、光通信技術が確立すれば、アルゼンチンのように多数の衛星をまだ所有できていない国であっても、多数の衛星を展開しているがごとく堅強な大容量通信網を築くことが出来るようになるため、欧米諸国に比較して光通信技術の恩恵をより享受できる可能性があります。
 欧米などの先進各国で見られてきたようなイノベーションの段階をスキップし、アフリカをはじめとする新興国にて、キャッシュレス決済をはじめとするデジタルサービスが凄まじい勢いで展開していく様子を、勢いよく跳躍するカエルに見立てて「リープフロッグ(Leap Frog)」型の発展と呼びます。アルゼンチンと光通信はまさに、このリープフロッグが生まれる絶好の組み合わせです。このLATSATへの参加およびパネルディスカッションへの参加によって、光通信事業において次世代の重要な市場となりうるアルゼンチンという土地で、ワープスペースは最先端を走る光通信事業者として、存在感を示すことができました。

LATSAT会場で披露されたアルゼンチンタンゴのダンサーとともに。(森は中央)

(執筆:中澤淳一郎)

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