#安全牌切りません(20代の終わりになって)

「20代の終わりが一番悩みがあった」みたいなインタビューを、ラジオでも良く聞く。多くのアーティストが「女性特有だと思うんですけど」と付け足していたと思う。わたしも27になり、「ああ〜〜これかあ」と思いつつも「みんなが抱く感情を抱きたくない」という思春期から抜け出せていないような反骨精神とともに抱いていた。

先日、高校の時の友人と飲んだ。彼女とは中学からの部活の友人で、高校も同じところに進み、同じ部活で一緒に中心的に活動していた。中学の頃は一緒に行動することが多かったのに、高校になると部活の運営に関してあまりにも本音ばっかりで話し合うので、仲が悪いわけではなかったがそれ以外の時間で一緒にいる時間は極端に減った。人生の一番多感な時にぶつかりあって、「友達」と呼んで良いかは悩むな、という時期があった。
バンドマンが「メンバーとは遊ばない」と言うのはこういうことかなと思った。

高校を卒業して、というか部活を引退して、受験が終わって心穏やかになってからはたまに会うようになった。関西と関東で住む場所は離れてしまったものの、なんとなく連絡は途切れることなく、ありがたいことに高校を卒業して10年近く経った今も繋がっている。今回は彼女がふらっと京都へ旅行に来たのでついでにわたしと食事をすることになった。

驚くことがあって、てっきり東京で"好きを仕事に"していると思っていた彼女は今仕事を辞めていて、冬には地元に帰り市役所で働くという。実家に帰るらしい。「年貢の納め時かなって思って」と彼女は言ったのだ。
学生の時から賢くて年上に気に入られそうな落ち着いた風貌だったのに、理不尽があれば誰相手にも顔に出し必要あらば食ってかかるようなアウトロー女だったので、所謂「普通の人みたいな」決断をしたことが意外だった。

「それ、いいの?」と訊くと、「戦略的に今お金を貯めるのはアリ!と思って」というなるほど貴方ですねという回答だった。

わたし達は吹奏楽部で、部長連という組織をやっていた。部長連という言葉は、中沢けい著「楽隊のうさぎ」に出てくる。全国大会常連校が舞台の小説で、その憧れから来たものだった。

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