自分の半径1メートルに、宝物を詰め込む
2021年の6月の終わり、会社を退職した。有給消化中、はじめにやったのは住んでいた団地の契約解除だった。11歳で旅人が出てくる小説に憧れてから18年。団地の契約解除は10分で済んだ。
20代最後の年、住所不定無職になった。
ぼんやり「旅をしたいなあ」と思い続けていた時間よりはるかに短時間で、わたしは実質の住所不定無職になった。海外旅行は友人と1回いったきり、バックパッカーの経験もない。でも来月からはもう住む家がない。無計画な旅人デビューだった。
わたしが選んだ旅のスタイルは「アドレスホッパー」という。アドレスホッパーとは、アドレス(住所)をホッピング(転々とする)人という意味。野宿はせず、ゲストハウスやホステルを転々とする。
2021年は世界中でコロナが元気で、わたしのお財布は元気じゃなかった。なので、わたしは日本国内をホッピング範囲にした。日本語通じるし、困っても日本ならどこからでも2万あれば実家に帰れるし。
「思い切りはするけど、無理はしない旅」がテーマだった。なにしろ、とくに旅に役立つ道具は持ってないし、なんの知識も人脈もない。貯金はちょっとあるけど心もとない。とりあえず宿に困らないよう、住居サブスクにだけ登録した。
「3か月続けられたらいいや」
そんな思いではじめた旅だが、結局11月まで続いた。旅の様子を発信するInstagramのフォロワーは5倍くらいに増え、滞在先でもたくさんの人と知り合った。現在は実家で冬を越させてもらっているが、春からはまた旅に出る予定だ。
旅の何がいいって、自分にも他人にも、許容範囲が増えるのだ。
自分を受け入れる範囲が増える
旅をするにあたって、最大の心配事が「人とのコミュケーション」だった。
わたしは極度の人見知りで、中学・高校ともに「3年生でやっとなじむ」みたいな学生だった。いろいろ頑張って初対面の印象は改善に成功したが、内心は緊張でガチガチのまま。大学生になっても社会人になっても根本の人見知りは治らなかった。とくに苦手なのが休憩の時間で、バックヤードでの身の置き方に慣れるのに時間がかかった。
そんなわたしが、他人だらけの旅の生活で、リラックスして過ごせるんだろうか。そして、孤独感にさいなまれず、楽しめるのだろうか。
結論からいうと、できた。
「なんで旅をしてるの?」という話は人生観に直結していて、取り繕う隙がないから。
出会うのは旅人同士だから、世間話的にはじまる会話のテーマは旅に関することが多い。話しているうちに気づいたのが、「旅ってその人の人生観がめちゃくちゃ反映されるんだな」ということ。
初対面で、そういう人生の根っこの話をする。表面上の第一印象も緊張も1秒で忘れ去られて、お互いの人生に興味を示す。どこを旅してどう感じたか、どんな生活をして旅を続けているのか。旅という共通の話題は、いい感じに人との距離を近づけるのだ。
話せるようになったから人見知りが治ったか。
これも結論からいうと、なんにも治ってない。
「もう今日はコミュニケーションするわたしは閉店です!」となる日は旅をしていても定期的にやってくる。そんな日は、自室に閉じこもるか、チェーン店のカフェに行く。人と話す努力なんてしない。そんな自分に嫌悪感を覚えなくなった。前より、人見知りであることに焦りを感じなくなっていた。
むしろ、人見知り=人と話せない=機会損失みたいな損得感情が自分の中にあることに気づき、「浅はかな考えのせいで焦っていたのか」と恥ずかしくなった。
考えてみれば、人見知りは悪いことではないのだ。無口すぎて相手を困らせるといけないので、元気にあいさつするのだけはやっている。唯一できる相手への思いやりなので、慣れると勇気はいらなくなった。旅って、普通に暮らすよりちょっとだけテンション高くなるし。
他人の暮らしを愛する
無職で旅をしているので、知らない土地で無限に時間がある状態になった。どんなに見どころがなさそうな土地でも、とにかく散歩に出た。ほぼ毎日散歩をしていたと思う。そして散歩に出ると、必ず見どころは見つかった。
住宅街ひとつとっても、街の人の暮らしが表れているからおもしろい。
「ここはみんなが集まる銭湯なのかな」
「この商店は買い物をするのかな」
そんな想像をしながら、街の人々の暮らしに思いをはせる。USJ近くの街では、家や車の中に大量のミニオンを見つけた。
旅から少し話がずれる。
大阪の淀川という大きな川の近くに、以前住んでいた。つらいことがあると、夜な夜な川にかかる阪急電車の鉄道橋を見に行った。暗い中、光る電車が川を渡っていくのをひたすら眺めていると、なんだか泣けてしまうのだ。
「こんな暗い夜に、電車という道具を使ってまで向かいたい場所がある人々が電車に乗っている。」
そう思うと、電車に乗る人々が愛おしくて胸がいっぱいになった。
人の暮らしを思いやるのが好きだ。同じ時代を生きている知らない人の存在が、広い意味で「独りで生きてるわけじゃない」と教えてくれる。他人の生活は、わたしの心の支えなのだ。
旅ではそんな「知らない人々の存在」を、どんな土地でも直接的に感じられる。すれ違う人々が皆あいさつしてくれる土地もあれば、レジ横に無料の野菜のおすそ分けが置いてある土地もある。自分になじみのない文化に出会うたび、知らない暮らしがあることを知るたび、わたしは嬉しくなる。
当たり前の暮らしはどこにもなく、自分が心地良い暮らしをしていけばよい。そう教えてもらっている気がするのだ。
自分の半径1メートルを全力で愛したい
わたしはすごく未来のこととか、すごく遠いひとのこととかを考えるのが苦手だ。10年後のビジョンと言われましても、来週どこに旅するかも決まっていないのに……と思ってしまう。考えられるものの範囲がせまいから。
考えられる範囲がせまいのはもう仕方がない。せめて自分の知っている人や、自分の好きなことについては精一杯愛そう、思いやろうと思っている。この自分が思いやりたい範囲のことを、「自分の半径1メートル」と呼んでいる。
たった半径1メートルの事だけを考えるなんて、利己的かもしれない。でも何もしないよりかは、知っている人のことを少し気にかける方がよいのでは、と思う。
旅をすると、このちっぽけな半径1メートルの中身が増えていく。
自分の考えの範囲を半径1メートルより増やすのは難しいけれど、自分が移動することによって、新たなものを半径1メートルの中に取り込めるイメージだ。
旅先で大切にしたい考えや人に出会ったり、気に入った土地が抱える問題を知ったりする。自分の半径1メートルに取り込むと、すべては身近な話題になる。
雨の日はしらすが獲れないことも、神社の倒木がひどいことも、ゲストハウスの経営が厳しいことも、エベレストをめざすことも、ビーガン食も、サステナビリティも、ぜんぶわたしの半径1メートルの中にある。これらは、旅をする中で身近になったことだ。
旅をすることで、少しずつ世の中が「自分ごと」になっていく。本を読んだりテレビ番組を見るより直接的に経験することで、ほんの少しずつ関心事が増えていく。
旅人って浮世離れしているイメージがあるけれど、わたしは旅をすることで、普通に暮らすより多くの「世の中とのつながり」を持てている。
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