子供部屋。

俺はため息をついて、目の前のトリセツを見つめた。
なんで日本の文章に英語が書かれているのか。

甚だ疑問である。
いや、マジで。
マジでなんで英語なの?

俺はセールスマンだ。
商品棚とかの角で立って、『安いですよー! 便利ですよー!』って声を張り上げる、あのセールスマンだ。

そして今、自分がまさに売らんとする商品の説明を読んでいる。

やっぱなんで英語なんて使うんだよ。
日本語でいいじゃんか。外国人に売るわけでもないんだし。

英語が大っ嫌いかつ苦手な俺は、覚束ない声で音読した。

「チャイッ……? チャイルド・ルーム? 赤ん坊の部屋って事か?」

俺はその先の説明をざっくり読み上げた。
幸い、英語なのは商品名だけである。残りは十分読めた。

「なになに、コンセントをセットしたのち、物を入れるぅ?
 ここで言う物ってのは、子供のことか? ったく、子供をモノ扱いなんて、最悪じゃねぇか」

俺はため息をついた。「残りもなんか書かれてるけど、とりあえずこれだけわかりゃいいだろ」とばかりにトリセツをぐしゃぐしゃに丸める。

「それじゃ、売りに行くか」

***

「はーい、安いですよ安いですよー! 赤子が鬱陶しいと思ってる皆さん! この『チャイルド・ルーム』一つで全部オーケー! なんでもお任せあれっ!」

俺は店頭で叫んだ。
今日のノルマは一人。たった一人だ。

もっとも、そもそもの来客数が少ないから、
一人に購入させられれば上々である。

「あら、これ何かしら?」
「おっ、お客様お目が高い!」

俺は寄ってきたオバサンに笑いかけた。

「これは『チャイルド・ルーム』! この中に子供を入れてみると、あら不思議!」
「何が起きるの!?」

ノリがいいオバサンは、俺に快くノッてくれた。
俺はにやりと笑って、声を潜めた。

「それは、やってみてのお楽しみです。ほら、丁度赤子を抱えてるみたいじゃないですか。ここで試していくことも出来ますよ?」
「……じゃ、やってみようかしら」

俺はほっと胸を撫でおろした。
実は、いれるとなにが起きるのか、俺自身知らなかったのである。

俺は展示用のチャイルドルームを開き、コンセントを入れた。
オバサンの赤子を貸してもらい、チャイルドルームに優しく入れる。
赤子は俺に抱かれた瞬間、妙に泣いた。


ルームに入れて少し経つと、うるさかった赤子の鳴き声が嘘のように静まり返った。

「あら、すごいわね、これ! 赤子を寝かせる機械なの?」
「そ、そうです! 赤子をあっという間に寝かせられるんですよ」

俺はもういいだろうと思って、チャイルド・ルームを開いた。
そして、俺は目を疑う事となる。

そこには、冷たくなった赤ん坊があった。


全身から血の気が失せてゆくのを感じる。
俺は焦って、ポケットから丸めたトリセツを取りだした。

操作手順は間違っていないはずだ。
商品を間違えたって事もない。
そのとき、オバサンが言った。

「あら、お兄さん。ここ……」

彼女の指差した先には、商品名の書かれたプレートがあった。

chilled room

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