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10周年記念 インタビュー連載 vol.4 〜10年前、ヒロヤ〜

今年で結成10周年を迎えるMr.ワリコメッツ。
そんな彼らは先日、結成記念日に当たるという11月1日(金)に新宿紅布でワンマンライヴを開催することを発表、さらに詳細も決定した。
そこでここ「NOTE」では、Mr.ワリコメッツ10年の歩みを探るべく、バンドメンバーにインタビューを敢行。
その模様を、数回にわたるシリーズものとして連載していく。
今回も番外編として、バンド結成時にはまだワリコメッツと知り合っていなかったドラム・ヒロヤに、10年前は何をしていたか?そして、さらに話は発展し、それまでのバンド歴などについても話が及んだ。
(●インタビュアー ○ヒロヤ)



●今、2019年8月ですが、今から10年前、つまり2009年8月頃は何をしていたか覚えてますか?


○えーっとですねぇ、10年前。

あのー、今回ワリコメッツの(10周年)ワンマンが決まって、そこで10年前を思い返した時に、10年前のことを全然思い出せなくて。

それでブログに「10年前は何をしていたんだろう?」っていう話を書いたのね。

で、そしたらそれで反応があって、コメントをくれたのがまず一人、「キヨシローが亡くなった年で」という話。


●ですね。ちょうどその年なんですよね!


○そう、教えてもらって気づいた。

で、もう一つ(のコメント)がオレがバンドを始めた頃、大学生の時なんだけど、その時から長くやっていたバンドがあって。

そのバンドのメンバーの結婚式がちょうど10年前の7月にあったみたいで。

それをフェイスブックのコメントで本人から教えてもらって。


●なんていうバンドですか?


○そこはねぇ、ソール・ジャック・ケイっていうバンド名だったんだけど、、、


●えっ?


○ソール・ジャック・ケイ(=SOLE JACK CAY)。

分かりづらいよね?(笑)。


広島出身のボーカルがリーダーのバンドで、よく使っていた言葉、「それじゃけぇ」(広島弁)からきてる。


●あれっ?その時は大学生ではないですよね?


○うん、10年前はもちろん違う(笑)。

大学生の時に、本当に一番はじめに組んだバンドで、そのバンドはもう、10年前には解散していたんだけど、そのバンドのボーカルと鍵盤が付き合ってたのね、ずっと。

で、結婚しました、と。

その結婚式が広島であったんだけど、それがちょうど、10年前の7月だったという。


●何人編成のバンドでしたか?


○そこは、えーっと、最初5人とか。

鍵盤がいたからさ。

で、メンバーが辞めたりとかいろいろあって最終的に4人になって。

で、その結婚式で、ま、4人のうちのボーカルと鍵盤が結婚でしょ。

で、残りの、ドラムのオレと、ベースは女性だったんだけど、「結婚式だから、2人で(余興で)なんかやってよ」って言われて、そのベーシストとオレの二人で、ギター弾き語りで歌ったんだよね。


●え?ギターで?歌を?


○そう(汗)。

それが10年前。

7月だね。


●へぇー。そうなんですね。では、ちょっと話が飛びますが、ワリコメッツに入る頃の話なんですが、また一つ別のバンドをやっていたという話を聞きまして。


○入る前?えーっと、一つっていうか、ケッコー、、、結構いっぱいやっていたかな。

「ダンスグッズ」というバンドをやっている時にワリコメッツと出会うんだけど、それまでにもいろいろとやっていた。


●具体的にはどんな感じですか?


○4バンドくらいかけ持ち、っていうパターンが多かったかな。

サポート(バンドに所属する「正式メンバー」に対して、ライヴやレコーディングなど必要な時にお手伝いをするというスタンスの「サポートメンバー」というのがある。バンド運営には口を出さないが、必要な経費などで優遇される場合もある。)も含めて。

それぞれがいつ頃のことだったのか、時系列がよく分からなくなっちゃったんだけど。

その頃はドラムを叩く機会、演奏する機会がとにかく欲しくて。

さっきの、学生の頃に始めたバンドは、10年近くやったのかな?

それが解散した後に、バンド掛け持ちの時期に入って。


●バンドかけ持ちの時期は、ライヴもバンバンやっていたんですか?


○バンバンやってたね!


●どういうライヴハウスでやってましたか、主に?


○あまり覚えてないんだけど。

もう本当にいろいろ。

今でも縁のある、ユーフォー(=東高円寺U.F.O. CLUB)とかレッドクロス(=新宿紅布)でもやっていたね。


●かけ持ちしながら、先程話に出た「ダンスグッズ」というバンドもやっていたんですか?


○そうだね。

かけ持ちの中で、のちにダンスグッズを一緒にやることになる瀬賀くん(=ダンスグッズというバンドの、ボーカル&ギター)に出会って。

オレがサポートしていたバンドに、瀬賀くんもサポートで入ってきたんだよね、ベーシストとして。


●かけ持ちしていた中で、どのバンドがメインだったとかはありますか?


○これがメイン、というのは特にはなかったかなぁ。

なかったと思う。

それよりも、求められるバンドでドラムを叩くことがメインだった。


●ワリコメッツに出会ったのが、その「ダンスグッズ」というバンドをやっている時だったという話ですが、では、ワリコメッツに出会った時点で「ダンスグッズ」は何年くらいやっていたのですか?


○実はそれ、最近調べたんだよね。

ダンスグッズの初ライヴが2009年の12月だったんだよ!

やっぱり10年前!

そして、ワリコメッツの結成時期に近いという。


●それにしても、前にも10年間やっていたバンドがあったなんて驚きです!その、学生の頃からやっていたというバンドの話に戻りますが、音楽的にはどんな感じだったのですか?ソウル・ミュージックですか?


○もちろん、ソウル・ミュージックはみんな好きだったんだけど。

そのバンドは、始めたのが19歳くらいの頃で、まだ何も知らない頃だったから、音楽性はちょっと変遷がある。

ざっくり言えるのは、歌もので、あまり激しくない感じかな、ポップスと言っていいのか。

その時理想としていたバンドを1つ挙げるとすれば、「ザ・バンド」かなぁ。



●何がきっかけでドラムを始めたんですか?


○大きなきっかけは、、、ないんだよね。

大学生になって、音楽をやりたいなぁ、とは思っていた。

いろいろやってみた中で、最終的に残ったのがバンドだった、という感じ。

「これ!」といったエピソードもなくて申し訳ないんだけど。


インタビュー : 2019.8.29(木) 新高円寺にて
(記憶に基づいて喋ってもらっているので、記憶違いによる誤りやメンバー間で情報が食い違う場合がございますが、インタビューのライヴ感を残すため、それらの訂正は行なっておりません。ご了承ください。)

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