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パラサイトな私の日常 第5話:カフェの店員
5分程歩くと、レンガの建物に深緑色のドアが見えた。黒猫のシルエットに『カフェ・永遠』と書かれた看板がある。昔からあるレトロなカフェ……というより喫茶店と言った方が的確か。ドアと開けると、チリンチリンとドアベルが鳴る。「いらっしゃいませ」という声が聞こえて、そちらを向くと、今しがたバイトに入ったばかりなのか、エプロンを後ろで結びながら、ポニーテールがよく似合う、かわいい女の子が、奥から出てきた。
「お好きなお席にどうぞ」
そう言われ、席を見渡すと右方向、一番奥のボックス席が空いていたので、そこに座る。ざっと見る限り、2,3組の客がいるのが伺えた。このカフェは昔からあるが、店に入るのは初めてだった。先ほどの店員がお水を一つとメニューを持ってきた。
「あとで遅れて一人来ます。注文はその時でもいいですか?」
「はい、かしこまりました」
「あのっ、お手洗いはどこにありますか?」
「お手洗いは、あちらになります」
笑顔で答える店員が去ると、悠は急いでトイレへ向かった。なにも小水を我慢していたわけではない。フロアを隔てるトイレのドアを開けると、さらにその先に二つの個室トイレがあったが、そこには入らず、入口の手洗いの前にある鏡の前で立ち止まり、髪を整える。そして、コートのポケットの生温かくなった新作の口紅を取り出し、丁寧に塗り直した。
『頑張れ! 私!』
鏡に映る自分を励ます。
トイレから出ると、席に戻る前に胸に手を当て呼吸を整え、背筋を伸ばしてゆっくりと歩き、すました顔で席に着く。
白く曇った窓を手の甲で拭うと、窓の外に下校中の高校生が何人も通りすぎるのが見えた。またすぐ白く曇ってしまう窓を何度か拭った時、一台の自転車が停まった。侑だった。
途端に余裕ぶっていた心臓が早鐘を打った。『きたっっっっっ!』
席に座り直し、水を飲んで深呼吸。侑が入って来るのを少し待って、ボックス席から顔を出し、『こっちこっち』と口パクしながら、手招きをする。キョロキョロしていた侑はこちらに気付き、笑顔で近寄ってくる。席に着く前にしばらく立ち止まり、真顔で凝視する侑。
「何か……今日は雰囲気が違うね?」
「そう? 今日はメイクしてるし、ちょっとおしゃれしてる……かな。変……かな?」
「ううん……。なんか……大人の女性って感じだなって。俺の中で、悠さんはあの頃と同じ感覚でいたから……。今日はちょっと、違う人みたいで緊張するな……」
「え? あ……そうなんだ……」
『ん……? これは、どう捉えたらいいの? 良い方に捉えていいの?』
侑の表情から真意は読み取れない。……と、そこへさっきの店員がお水とメニューを持ってきた。さっきとは違う、こわばった顔だった。
「あれ? ここでバイトしてたんだっけ?」
侑がその店員に話しかける。
「うん……。ご注文は……。あ、まだ今来たばかりだよね? あ……、あとで注文聞きに来るね。……ごゆっくり」
最後の言葉は作り笑顔で悠に向けられていた。しばらく悠の顔を見つめたかと思うと、また真顔に戻り、そそくさと去っていった。侑は何もなかったように、メニューを見ている。でも、恋愛経験のない悠にでもわかった。彼女は侑に特別な気持ちがあると。
「俺、レモネードにするよ。悠さんは?」
「あ……、私はカフェオレ……」
しばらくして、注文を聞きに来たのは、別の店員だった。
☞☞☞ 第6話 決意の崩壊 ☞☞☞
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