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「読書マウント」って、なんだそれ?

寝る前に、Twitterで本に関するつぶやきを見るのが好きだ。
普段の生活の中で、読書が好きだという人に巡り合うことがほとんどない。
なのに、Twitterの中には千人、万人、読書が大好きだという人たちがいて、毎日新しい情報を発信してくれている。

「こないだ出たあの本、ゾクゾクするくらい良い本でした!」
「読んでいると気持ちがほっこりする」
「もうすぐ読了、でも読み終わりたくないです」

Twitterを見ているかぎり、出版不況とか、活字ばなれとか、異世界のことのように思えてしまう。
ほとばしる本への愛情。本を読むことの楽しさ、嬉しさ。
そういうものが、140字に詰め込まれてキラキラ輝いている。

平和だ。見ているこちらまで、幸せな気持ちになってくる。
昼下がりのコーヒーの香りに似た、豊かで落ち着いた気分。
この世は欲しい本で溢れているなあ、と次の休みに行く本屋さんの棚を想像しながら、気持ちよく眠ることができるのだ。

そんな桃源郷に、このごろ襲撃をかけてくる者が現れ始めた。

「そんな本読んでるの? もっと良い本を読めよって言われた・・・」
「月に2冊は、読書しているうちに入らない」

読みながら、何やら胸の奥がチクッと痛い。
20歳の時から10年間大切に使い続けたお財布(地元の雑貨屋さんで1500円だった)を、「だっさ!」と嘲笑されたときの、あの痛みだ。
これは、俗に言う「マウント」って奴ではなかろうか。

読書にマウントが存在するなんて・・・。
恐る恐る検索してみると、あった。
「読書マウント」。
読んだ本の「むずかしさ」「量」「速さ」を競うという。

いやいや。
読書って、いつから競技になってしまったのだ。

その昔、文学界には派閥があった。
自然主義派(筆頭・島崎藤村)とか、白樺派(同・志賀直哉)とか、無頼派(同・太宰治)とか。
それぞれの派閥が「俺たちが一番イケてる文学だから!」と主張しあって、競い合い、時には喧嘩もした。
自然界における「マウンティング」に近かったように思う。
(私は学生の時、脳内変換するときに動物番組の映像を使っていた)

しかし、そこには切磋琢磨の精神が見受けられるのだ。
「あいつらは、こんな風に書いているけど、俺たちだったらこうするぜ!」

「心情描写ってのは、もっとこう、わかりやすく書くんだよ!」

「金持ちばっかりが主役だなんてイケすかねえ、俺は庶民を主役にする!」

そんな、相手よりもっと良いモノを創ってみせようという気概、克己心のようなものを感じるのである。夕方の河川敷で拳をぶつけ合う、ひと昔前の少年漫画のような熱量が伝わってくるのだ。

読書マウントには、どうもそういう気概を感じることができない。
彼らは創る人であり、読書マウントを取るのは読む人ではあるけれども。
読んだ量や速さ、難しさを人に自慢して何になるのだ。
読書はただ、楽しいから読んでいるだけであって、修行ではない。

クライマーズハイ、ならぬリーディングハイに陥り、夜を徹して読書に耽っているうちに、いつの間にか夜明け。そんなことを繰り返していたらいつのまにか、部屋が本だらけになっていた。片付けながら冊数を数えてみたら、おいおい、三百超えてるじゃないか。我ながらよく読んだなあ。それにしても、いやあ、楽しかった。

と、いうのが読書ではないのか。

何より私が不思議に思うのは、読んだ量や速さ、難しいタイトルを列挙している人はたくさんいるのに、その本が与えてくれたであろう「感動」を語る人が少ないことだ。
せっかく速く、たくさん本を読めるのに、どうして本の楽しさを語ろうとしないのだろう。わざわざ人のアカウントに侵入して
「オレ、こんなに難解な本を3日で読んじゃうんだけどね」
みたいな事だけ言い残して去っていくのだ。
現実世界ではめったに会えない読書愛好家だ。
ネット上とはいえ、出会えた奇跡を大切にしたい。
自分とは全然ちがう本を楽しんでいる人に遭遇したならば、お互いに愛する本の魅力をプレゼンしあったらいいのに。見下すんじゃなくて。

学生のころ、同じゼミに、本の虫が羽化して化け物になったかのような男がいた。一年に300冊は下らない勢いで、図書館も古本屋も本屋もフル活用していた。
文学はもちろん、哲学、自然科学、宗教、なんでも読んでいた。
とにかく本が好きで好きで堪らない彼は、口を開けば本の事しか出てこない。ばばばばばっと今読んでいる本について語った後、ハッと我に返り
「あ、今ちょっとしゃべりすぎちゃった! ごめんね!」
と恥じらいながら笑うのであった。

読書マウントの定義に則るならば、彼の好きな本たちは間違いなく上位クラスだった。しかし、彼は人を見下したことなんて一度もない。
ただ、本が好きだ。だから読んでしまう。楽しくて楽しくて仕方がない。
そういう彼の姿を見ていると、羨ましくて、嫉妬もした。
「あんなに本に夢中になれるなんて、いいなあ」と。

量や速さや難しさを、いちいち列挙しなくても、本当に楽しそうならばそれだけで人に羨ましがられるものである。

誰よりも楽しそうに本を読む。
それが「読書マウント」であってほしいと思う。




最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。