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本は手元に置いて、寝かせておこう。

コロナのせいで、どこにも行けないでいる。
暇つぶしに掃除をしていたら、15年前に買った本が出てきた。
『名短篇』というムック本だ。新潮創刊100周年と、通巻1200号を記念して、これまでの100年に「新潮」に掲載された名短篇を集めたアンソロジー。
名短篇、と銘打つだけあって、ラインナップが凄まじい。
森鴎外から始まって、志賀直哉、芥川龍之介、太宰治、谷崎潤一郎、三島由紀夫に川端康成・・・。日本文学史オールスターズ、夢の競演!!!

当時、作家を目指していた私にとって、この一冊ほど勉強になる本はなかった。
文学論や作家論、創作作法に文章読本。そういうものをテキストにして、この一冊とがっぷり四つな日々を過ごした。暇さえあればこの本を読んでいたので、すっかり日に焼けて、ほかの本よりずっと草臥れてしまっている。毎日、カバンに入れて持ち歩いていたせいもあるけれど。

中身も真っ黒。
どの作品にも鉛筆で書き込みがたくさんしてある。
印象深かった一行に二重線。面白い表現に囲み。疑問や感想なんかもごちゃごちゃ、汚らしい字で書きなぐってある。

はー、そういえばこのころは一生懸命だったなあ。
いや、一生懸命というよりは何かに急き立てられているような、切羽詰まった感じだったような気もする。
あの頃は、今よりずっとコミュ障で、挨拶をするだけで心臓がバクバクいってしまうような状態だった。とにかく何か話さなきゃ、と焦るあまりに猛暑日にもかかわらず「あ、あの、今日はすごく寒いですね!」などと口走ってしまい、相手がびっくりしている事が何度もあった。そのたびに凹んだ。

こんな自分では、普通の人みたいに働くことはできないかもしれない。
とにかく、人と接することがなくて、一人でもできる仕事を探さなくては・・・。
子どもながらに考えに考えて、辿り着いた結果が
「作家になる」だったのだ。

今となっては作家になれなくても生きていける道はあるって分かるけれど、あの頃は無知だったからそれ以外の道はないものだと思い込んでいた。
バカだなあ、と思うけれど、ちょっと羨ましくもある。
あの頃みたいにがむしゃらになって本を読むなんてこと、もうずいぶんしていない。
書き込んだ専門用語みたいなものも、もう忘れてしまった。
ものすごく強い筆圧で、絶対忘れないようにって書き込んだはずなのに。

15年前の私が知ったらガッカリするだろうなぁ。
「ちょっと!! 私があんなに頑張って勉強したのに、あんた何にも覚えてないわけ?? もう信じらんない!!! 忘れたんならもう一回勉強しなさいよ! ほら、これ読んでみなさい。私がメモしたところ!」
・・・うん。そうね、またやってみようかなあ、勉強。
せっかく久しぶりに見つけたんだものね、この本。

もしかして、15年前、今の自分を叱咤するために書き込んでおいたのだったりして???

いやあ、やっぱり本は買ってお家に忍ばせておくのが良い。ちょうどいいタイミングで自分に見つかるように出来ているみたいだから。




最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。