ありがとう、シュンスケナカムーラ
中村俊輔が引退した。
サッカーをそんなに知らない人でも名前くらいは知っている
少し前まで日本サッカー界、アジアサッカー界を引っ張っていたそんな天才だ。
僕も父親からその存在を教えてもらって
主にセルティック時代によくプレーを見ていた。
朝早く起きて、
世界のサッカーに日本人という存在を見せつけるようなフリーキックに
胸を躍らせていたのが懐かしい。
そんな中村俊輔のようになりたいと少年時代の僕は必死に行動していた。
河川敷のサッカーゴールのみがある誰も使ってないような寂れたグランドで
満員のスタジアム、
地響きのような歓声、
屈強な相手ディフェンス、
長身のキーパーが守るゴール、
中村俊輔が立っていたあのシチュエーションをイメージして何度も何度も1人でフリーキックを蹴った。
結果15年以上サッカーをしたが試合でフリーキックを蹴ったことは1度もない。そもそもそんな大事な場面を背負える選手だったことが1度もない。
僕が中学生くらいの時、中村俊輔が「察知力」という本を出した。
何を考えてプレーしているか、これまでどんなやり方をしてきたか、
そんな目から鱗のような内容をちゃんと自分のものにしたいと何度も何度も読み返した。
何も覚えていない。読もうが読まなかろうがサッカーで何かを察知できたことなど1度もない。なんなら日常生活においても1度もない。ミスだらけだ。
中村俊輔は「夢を叶えるサッカーノート」というものも出している。
本人が少年時代からプロになってからもずっと書き続けているサッカーノートの書き方が詳しく載っている本と、それと同じように書けるようなノートがついているものだった。
親にねだって買ってもらい世界的なプロサッカー選手になるため、なぜそういう書き方なのかまできっちり考えて自分もサッカーノートをつけ始めた。
夢は叶わなかった。付属のノートを使い切り、新しいノートに都度変えて大学時代までちゃんとつけていた。つけたとて夢は叶わなかった。
やはり天才は真似してなれるものではなかった。
自分がプロサッカー選手になれないと悟った瞬間から
僕の中で中村俊輔は「憧れの対象」から「自分が凡人だと思い知らされる現実」へと変わった。
急に中村俊輔が遠くに行ってしまったような気がした。
そもそも遠かったけど。
でも変わらず好きな選手だった。
あまり表に感情を出すような選手じゃないけど、
静かなる闘志を持っていてここぞという時に魔法のようなプレーを見せてくれる。
そんなプレーがもう見られないのは寂しいけど、
これからは指導者の道に進むみたいなのでそっちの中村俊輔も楽しみだ。
中村俊輔選手、本当にお疲れ様でした。
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