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館内は「騒がしい」のが当たり前。古代ローマの図書館 | プリニウスの追憶


 月曜日の午前中を最寄りの図書館で過ごすことが、最近の私の日課となっている。

 書物と静寂に包まれた空間は、実に心地が良い。

 静寂。
 そう、あれはたしか今から35年前。私が“この世界”に来てから半月ほどが経った頃だった。家から徒歩10分ほどにある小さな図書館に初めて足を踏み入れた時、私はあまりの静けさ、というより眼前に映った異様な光景に驚愕した。

 ……なぜ、皆机に書物を広げて黙読しているのだ。
 皆、どこか体調が悪いのか? 

 そう思った私は彼らの肩を揺すり、「Esne in valetudine!?(大丈夫か!?)」と確認して回った。異変に気付いた館内の職員たちによってすぐに私の身柄は取り押さえられ、軽くキレられたのはいうまでもない。
 くくくく。今となってはいい思い出である。

 しかし、だ。
 もし、私以外の古代ローマ人が“この世界”の図書館に来れば、きっと私と同じようにこの水を打ったような館内に息を呑み、パニックになるはずである。なぜなら古代ローマの場合、それがどこであれ、本を読む時は「音読」が基本だったからだ。

 驚くなかれ、ローマにも公共図書館があった。
 神殿に併設された公共図書館は一般公開されて誰でも利用できたのは“この世界”の図書館と何ら変わりはない。しかし、実際に訪れるのは主に哲学者や政治家らで、帝政期のローマ市民の識字率は比較的高かったにもかかわらず、図書館を利用するパンピーはそれほどいなかったと記憶している(“この世界”に来て知ったことだが、帝政中期に入るとトラヤヌス浴場、カラカラ浴場、ディオクレティアヌス浴場などの公共浴場にも図書館が作られ、4世紀初頭までのあいだに首都ローマには28館の図書館が造られたというではないか! うらやましいぞ!)。
 読書=音読であるゆえ、基本的に館内には誰かの声が響いていた(たとえ訪問者がいない時でも、司書が何かしらの書物を読んでいた)。また、よくその場で熱い議論を始める者もいた(お察しの通り、哲学者に多かった)が、それを咎める者は誰一人としていなかった。このように、「図書館は騒がしいもの」というのが古代ローマ人の常識なのである。
 さきほどサラッと「司書」という言葉を出したが、ローマの図書館にもちゃんと司書がいた。図書館はラテン語とギリシア語の書籍を所蔵する2つのエリアに分かれており、それぞれに専門の司書がいて、新しく届いた書籍を分類し、目録を作り、適切な棚に収めるのが彼らの仕事だ。当然、所蔵されている書物の内容も理解しなくてはならない。余談だが、あの弁論家キケロは別荘に私設図書館を設けていたが、そこでは彼の奴隷たちが司書として書物を管理していたらしい。奴隷といっても、彼のような有能な男の仕える奴隷は頭脳明晰な者が多かったから、不思議ではない。

 ふぅ。

 いずれにせよ、私は“この世界”の静寂に包まれた図書館の方が好みである。


<古代ローマの図書館>  Fin.



<主な参考文献>


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