安藤優子氏は倫理も学ぶべきだった

■他人の不幸を喜ぶ姿
私は池江璃花子選手(競泳)の白血病報道よりも安藤優子氏の満面の笑みと言葉に驚かされた。同じ映像を見た人がネットで安藤優子氏を批判している。やはり美意識や倫理から批判しているようだ。

■学歴は良いが
公開されている安藤優子氏の学歴は良いのだが、私が知る範囲では身分有る家柄の生まれとは言えない。何故なら制限された範囲内の自由の概念を感じないし、権力・身分・地位に関する知識が家柄を感じない。

安藤優子氏はパブリックスクールを下流階級の立場から見ているようだ。本来の目的とはかけ離れた発言をしたことに呆れたことが有る。

■パブリックスクールの意味
イギリスのパブリックスクールは制限された範囲内の自由を教える。これは民主主義の根本であり個人主義を教える。だからパブリックスクールは存在し、上流階級と中流階級の子弟が学ぶ。

パブリックスクールは上流階級だけの学校ではなく、下位の階級にも開放されている。パブリックスクールは考え方を教えるのであり、教師が手本となり公に相応しい服装と話し方を教える。

家柄が上流階級・中流階級・下流階級に分かれるのは考え方の違い。考え方が異なるので結果的に身分が別れてしまう。家柄は作ることもできれば捨てることもできる。これはお金では買えない価値観。

■金は有るが家柄が悪い
金が有るから身分が良いわけではない。家柄とは考え方。武士は制限された範囲内の自由で生き、暴力の善用で弱者を護る。それに対して雑兵は無制限の自由で生き、暴力の悪用で弱者を食い物にする。

武士:暴力の善用(正義に力を与えよ)・暴力で弱者を護る
雑兵:暴力の悪用(力に正義を与えよ)・暴力で弱者を食い物にする

規律:他律・道徳
紀律:自律・倫理

安藤優子氏は雑兵の価値観で生きている。しかも他人の不幸を公で喜ぶから倫理が欠落している。これは己を律する紀律が欠落している。この様な人物に発言させることは止めたほうが良いだろう。

■悪しき手本
フジテレビが安藤優子氏を悪しき手本とするなら日本人としての鏡にできる。この様な人間にはなるな。私はそう言える。

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