弟という男について。

弟と喧嘩をした。
きっかけは些細なものだった。
仕事の疲れもあった。つい強く出てしまった。

「お前は俺を馬鹿にしている。下に見ている。」

一番言われた言葉だった。
図星をつかれたから、怒っているのではない。
本当の思いが伝わっていないことに怒っていたのかもしれない。

いや、伝えていない自分が悪いと思う。きっとそう。



弟は芸人になるために大学を辞めた。
「友達がいないから中退した。」と舞台の上ではよく言うが、本当は芸人になるために、兄である自分が辞めさせたと言っても過言ではない。

しかし弟は言う。「自分で芸人になろうと決めたから」
自分の人生を自分で背負った、僕よりも一回り大きな背中だった。


弟は好きと決めたことに一直線だ。他のものの追随を許さない。アイドルが好きなら、給料を注ぎ込みグッズは大量に買うし、そのアイドルのラジオの有名ハガキ職人になる。
なぜ、あんなにも一直線になれるのだろうか。なぜ、成功していくのだろうか。なぜそこまで夢中になれるのだろうか。僕にはできない。
あいつは、普通の人ではない。


僕は仕事が辛い。毎日早く起きて、仕事をして、ねる。起きる。仕事。寝る。1ヶ月に一回それなりの給料をもらう。休日には休む。ネットニュースをみて、どうこう思う。Twitterをみてモヤモヤすることもある。Instagramのいいねが欲しい。

僕は普通の人だ。


兄弟でコンビを組む。
ネタは僕が書く。弟にこうして欲しいと言う。台本には”起こさない”。弟のツッコミは一発目から完璧な間で入ってくる。台本に「ツッコミの間」は”起こせない”。
あいつは普通の人ではない。


舞台上で、楽屋で、他の芸人さんに向かって僕は言う。
「お金ないのに、アイドルのものばっかり買って…」
「ネタも書いてないのに…」
普通じゃない人の普通じゃない部分を。文句を言うかのように。ただ、言うだけ。僕が書くネタなんて誰にでもかけるのに。ネタの原案は弟が出すことが多いのに。ただただ言う。

僕は普通の人だ。

普通じゃない人間を下に見ているフリをして。自分はさぞかしまともな人であるかを語る。そして自分はよくいるような、ダサい人だと言うことをまるで隠すかのように。言うだけ。
普通じゃない人を妬み、嫉み、尊敬するのだ。

僕は最低な、”普通じゃない”人に憧れる、”普通”の人だ。


弟は言った。
「俺は大学も辞めたし、もう芸人しか残っていない。お兄ちゃんは教師に戻れる。いつ俺が見捨てられるか怖いんだ。」

僕はこんなにも冷酷な人間だと思われていたんだ。
簡単に見捨てる人だと思われていたんだ。

本当は怖いくせに。

弟に普通の人間であることがバレるのが怖いだけなのに。

その場凌ぎで言った言葉で普通じゃない人を傷つけたのか。

僕は”普通じゃない”ということに、憧れているだけのクソみたいな普通の人のくせに。



弟は、「どうせみんな裏で俺のことを馬鹿にしている。」と言って部屋を出て行った。


部屋に残った普通の人は、こう思う。

「みんな、お前が羨ましいんだ。」

「普通じゃない人になりたいんだ。」


弟はきっと普通の人に憧れている節もある。
だから僕に強く出た。

お願いだからもう少しだけ、普通の人の夢を叶えるために、隣で漫才をして欲しい。

弟という、心の底から尊敬している人に。
僕がなりたかった人物に。






ケンカした日に書いたnoteを、今のうちに上げておきます。

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