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【ぶんぶくちゃいな】シン香港映画:新ジャンル、新テーマ、そして新しい顔ぶれ続々

「今回はたっぷり映画を観てくるぞ!」と決めて出かけた香港で、第95回米アカデミー賞で主演女優賞受賞にアジア映画界の大物女優、ミシェル・ヨー、また助演男優賞にベトナム出身のキー・ホイ・クワンという史上初の「ダブル・アジア人受賞」のニュースが流れてきた。

特に主演女優賞でアジア人初となったヨーの受賞は特に香港の人たちに喜ばしい思いをもたらした。ヨーは今回の受賞作「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(以下、「エブリシング」と略)ですでに昨年から米国でさまざまな賞を受賞してきた。が、今回のアカデミー賞では対抗馬の「TAR/ター」のケイト・ブランシェットが本命との呼び声が高く、ヨーの受賞はさすがにないだろうとされていた。それだけに、マレーシア出身のヨーの受賞は、映画人として彼女が第一歩を踏み出し、大きな名声を勝ち得る舞台となった香港でも大きな感慨を持って受け止められたのである。

この「エブリシング」の大ヒットの前ここ10数年ほど、ヨーの出演作といえば「クレイジー・リッチ!」が最近米国を跋扈するようになったアジア人の富豪ぶりを描いて話題になったほかは特に印象に残る作品もなく、「あのミシェル・ヨーも母親役を演じるほど年をとった」というイメージがあった。だが、60歳になった彼女が「エブリシング」で昨年からじわじわと注目され、今年1月には米ゴールデングローブ賞を受賞した。すると、香港政府でエンターテイメント業界を管轄する楊潤雄・文化体育旅行局長が祝辞を贈り、「香港の俳優が世界舞台で異彩を放つことに我われは非常に励まされる」と述べたことが大きな議論を呼んだ。

「香港の」俳優? だが、彼女の出身はマレーシアだし、映画キャリアこそ香港で積んだが、すでに20年以上前に香港を離れて米国にその活動拠点を移している。その彼女を「香港の俳優」と呼べるのか? …加えて、中国国内のメディアやネットユーザーが彼女の躍進を「中国人俳優の誇り」と称したことにも、香港庶民の間でむず痒い思いをもたらした。「香港の」、あるいは華人に対して「中国人」という形容をかぶせて、彼女個人の成就を自分たちのもののように語る姿勢に対する嫌悪感が巻き起こった。

ミシェル・ヨーはあくまでもミシェル・ヨーであり、「中国人」ではないし、今さら「香港の」俳優と呼ぶのはおこがましい。彼女はマレーシア生まれの華人であり、香港でそのキャリアを積んで名を挙げたが、それは女性アクションスターという新たな分野に挑んだ彼女の努力の賜物だし、そのアクションスターという区分から脱して今やハリウッドで女優として称賛を浴びるようになった業績は彼女自身のものだ――ちょっとばかり堅苦しく、仰々しい主張ではあるものの、そこには有無を言わさず一方的に「中国人」に区分され、その「中国人」のルールに従わうよう日々仕向けられて窮屈な思いをしている香港人の抵抗の思いがあった。

●興行収入塗り替えに湧く香港映画界

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