【ぶんぶくちゃいな】民主派も親中派も敗北した香港行政長官選挙

3月26日の香港行政特区長官選挙で、現在の梁振英行政長官のもとで今年1月までナンバー2の政務官を務めていた林鄭月娥氏(女性)が当選した。

彼女は政務官辞職直前に、中国北京にある故宮とその香港分館を建設するという合意書を交わしたことを突然発表し、それまで何も知らされていなかった香港社会を驚かせた。この性急な合意書の発表は、同氏の行政長官職立候補を支持する中国中央政府(以下、中国政府)から、順風満帆で公務員のトップまで上り詰めたものの振り返ってみると、公共ウケする政績がなかった林鄭氏への「手土産」だったといえるかもしれない。そして、過去「行政長官に立候補するつもりはない」と公言したこともあった林鄭氏が、予想通り出馬を理由に政務官を辞職。そこからはみなが「やっぱりな」と思った流れが最後まで揺らぐことなく、中国政府支持者が集まる1200人の選挙委員から圧倒的な票数を獲得して当選を決めた。

今年7月1日に香港は中国返還20周年を迎える。実は主権返還当初の方針では今年の行政長官選挙には市民による普通選挙が導入される予定だった。しかし、中国と香港の関係が、特に市民感情がギクシャクする中で中国政府が態度を硬直化させ、2014年には厳しい条件付きの普通選挙案(立候補者数を3人に制限、それぞれが「推薦委員会」の過半数を得て初めて立候補可能など)が中国政府側から提示されたが、香港議会で承認されなかったために2017年の普通選挙導入は先送りとなった。この「香港の選挙制度に中国政府が介入した」ことに対して抗議する人たちが約3ヶ月近く政治・金融の中心地であるセントラル(=今や、中国の利益を結びついている人たちが生息する地域)の主幹道に座り込んだのが、いわゆる「雨傘運動」と呼ばれる。

返還20周年に、こうした経歴を経て行われた行政長官選挙は今後の香港を占う意味で大変重要な意味を持っていた。

わたしが今回の行政長官選挙の結果に最も感じたのは、中国政府の「余裕の無さ」だった。

香港で高まる「香港の高度な自主」を求める声に、中国政府は警戒感を高めているのは否定しようがない。しかし、普通選挙が流れた今回の行政長官選挙は今回もまた中国政府に近い人たちが多勢を占める選挙委員1200人による代理選挙だった。つまり、2014年以降、亀裂が深まる中国と香港の関係を「修復」する意思があるのであれば、そのバトンは明らかに市民の側ではなく、中国政府にあった。

今回の行政長官選挙の立候補者は3人。林鄭氏の他に、やはり現在の梁行政長官の下で林鄭氏に次ぐナンバー3の地位にあった曾俊華・元財務官。彼は昨年12月に出馬準備のために財務官を辞し(しかし、辞職に必要な中国政府の承認は年明けの1月に辞職した林鄭氏と同時に行われた)、熱心に市民との交流を進めて絶大な人気を博し、26日の選挙前に市民が行った模擬投票では、「中国政府の傀儡」と目された林鄭氏の2倍以上の人気を集めていた。そしてもう一人、「ぶんぶくちゃいな」174号でご紹介したように、香港の「法治」重視を象徴する元裁判官、胡国興氏である。

だが、約1ヶ月の選挙戦を終えて中国政府の手中内で行われたともいえる選挙において、林鄭氏が777票を集め、民望が林鄭氏を勝っていた曾氏はわずか365票しか獲れなかった(胡氏は21票)。市民にあれだけの人気を誇った曾氏を前に中国政府が林鄭氏推しの手を緩めなかったことは明らかだ。

辞職前には林鄭氏と同じように香港政府の側に立ち、香港の政治や経済にも詳しく、中国政府ともトラブルを起こしたことがない曾氏が市民の絶大な人気と支援を集めたということは、彼に任せれば今の香港社会の亀裂、そして中国と香港の亀裂を修復できる可能性があったといえる。その彼に対してそこまで林鄭氏にこだわった中国政府には、今香港が抱える問題(転じて中国の「国内」問題)よりも、中国政府が一旦決めたことへのこだわりに対する執念すら感じる。

曾氏の人気に中国政府が危機感を覚えたことも理解できる。というのも、曾氏が明らかに梁振英現長官に反旗を翻す形で立候補したからだ。梁現長官は中国政府のいいなりと見られて過去最悪の不人気長官で、本格的な選挙戦に入ってからすっかり陰が薄くなってはいるが、もともとは中央政府がバックアップして当選したのである。それに反旗を翻すとは「中央政府に反旗を翻したも同然」と見られたのだろう。

最終的には元政府高官の二人の接戦と見られていた(元高等裁裁判官の胡氏の存在意義については後で述べる)この選挙では、もしかしたら民望が高い曾氏が追い上げ、林鄭氏は最初の投票で過半数の601票が取れず、投票は2回行われるのではないか、ともいわれていた。

結果として、1回の投票で林鄭氏があっというまに700票を獲得。しかし、そこに中国政府の余裕の無さ――つまり、なにがなんでも自分たちの意志やメンツを突き通すことに夢中で、市民感情を推し量る余裕がないことが露呈した。

●「以前と違う」顔を見せた林鄭月娥氏

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