【ぶんぶくちゃいな】「Hong Kong is over」がもたらした激震

「Hong Kong is over.」(香港は終わった)と書かれた記事が香港で大激論を巻き起こしている。

記事を書いたのはスティーブン・ローチ氏、元モルガン・スタンレーのアジア地区主席アナリストで、現在は米エール大学の教授を務めている。2007年から12年まで香港を拠点としてアジアの経済分析を担当し、中国に対してどちらかというと楽観的、好意的な論を展開する中国経済専門家としてその名前を知られてきた。その彼が「香港は終わった」と述べたのだから、現地は穏やかでいられるはずがなかった。

そして、香港証券取引所の会長とCEOや香港特別行政区の政務長官から次々と反論が飛び出した。

前者は「香港は自由で開放された市場であり、そのために外部要素の影響は免れない」「国際金融センターとしての香港の優位は、法治精神、オープンさ、透明度だ。マクロ環境が改善すれば、中国経済の好転に伴って香港経済も上向きになる」と強調した。後者に至ると、「香港を一方的に破壊する立場から発言するなら、そりゃ終わりだろ。香港は破壊されないからね」「中国は大量の消費層を抱えており、香港もまた中東などの国と交流を深めており、香港経済は一歩一歩上向きになっていく」と「かみつい」た。

また、行政長官の諮問機関である行政会議の召集者を務める葉劉淑儀(レジーナ・イプ)立法会議員も不快感を示し、「ローチ氏はここ数年香港に来ていないはず。ぜひ自分で香港に来て今の香港の発展ぶりを見てから言ってもらいたい」と喧嘩腰にもとれる発言を口にした。

これに対して、ローチ氏は自身のブログに「Making Trouble in Hong Kong」(香港で揉め事を起こしちゃったよ)とする反論を掲載した。まず、そこで「over」という言葉によって感情的な反撃が起きていることに触れ、「どんな国や都市も、文字通り終わったことは金輪際ない」ことから「香港は終わった」という表現が大げさなものだったことを認めた。だがその一方で、ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンがかつて愛した「香港の栄光」は今や失われつつあるのは間違いないと再度強調した。

さらに、自身は2023年に3回も香港を訪れており(実際にそれぞれ公開のイベントに出席していたこともその後証明された)、そのときに目にした香港の様子をもとに書いたと説明。そして、自分の判断材料となった3つの要因を再掲し、あれを書いたのは「香港への愛」からであり、あのタイトルは「アジアの世界都市、中国への入口」を自称する街への警告的な意味を持つものだと述べている。

ろーち氏が上げた3つの要因とは、まず2019年から2020年にかけて香港の自治政治が失われたこと、次に頼りにしてきた中国経済がしばらく苦境を抜けられそうにないこと、そして3番目はGDPの大きな割合を貿易が占める香港が米中対立に巻き込まれていること――だった。「フィナンシャル・タイムズ」に掲載されたローチ氏の最初の原稿は本文執筆時点で全文無料で公開されているので、ご興味ある方は目を通すことをお薦めする。

この3つの要因は経済素人の筆者からしても、当然過ぎるほどの不安要素だが、香港及び中国の当局者は認めたくないらしい。同文発表後、中国の新華社も「中国を封じ込めようとする”いわゆる”専門家」とローチ氏を呼び、同文を「邪悪な陰謀を広めようとしている」などと批判した。

だが、こうした罵りはともかくも、香港の当事者からも前掲のような精神論や「香港不敗」のような神話論しか出てこないことこそ、この「Hong Kong is over」論にうなづかざるをえない理由なのだ。そんな精神論や神話のどこが「オープンで透明」なのか。

だが、昨今起きている事態はローチ氏の懸念を裏付けるようなものばかりだ。その例を以下、いくつかご紹介していこう。


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