【ぶんぶくちゃいな】『憂鬱之島 Blue Island』陳梓桓(チャン・ジーウン)監督インタビュー「ぼくは今、沈没しかけた香港で香港人たちの輝きを見ている」
最近、香港映画がじわじわと熱気を持ち始めているようだ。
但し、それはかつて日本でも大ヒットしたジャッキー・チェン作品や、あるいは「Mr.Boo」といったハチャメチャコメディや「香港ノワール」という言葉に代表される警察vsギャング映画、さらにはウォン・カーワイ(王家衛)監督の独特の美的感覚を見せつける作品でもない。
新たに台頭してきたのは、まさに香港でここ10年ほど続いてきた、「香港とはなにか」「香港人とは誰なのか」という問いかけに対する、なんらかの答えを見出した、まったく新しい作品群である。それはある意味、前述したようなわかりやすいテーマを中心にしたものではなく、ある意味人の心を探るようなねっとりとした暑さを感じさせる作品群であり、これまではややもすれば「流行」のように簡単に持ち上げられ、そして消費されていった作品とは違い、みぞおちをがつーんと殴られたような痛みを我われに感じさせるものばかりだ。
実際に映画だけではなく、香港のエンターテイメントの世界全体に次第に新しい姿が現れつつあり、2019年の逃亡犯条例改定草案反対デモの後、かつての賑わいをすっかり失った香港で、「新たな芽」が生まれつつあると言ってもよいかもしれない。もちろん、香港を拠点に始まったその動きは次第に外へと広がっており、その片鱗がこの夏やっと正式に日本にも上陸し始めた。
今回ご紹介するのは、まず今月16日から東京で公開が始まったドキュメンタリー映画『憂鬱之島 Blue Island』の陳梓桓(チャン・ジーウン)監督のインタビューである。この作品は2014年の雨傘運動の失敗に香港中の若者が打ちひしがれていた2017年に撮影を開始するも、撮影中に2019年のデモが起き、2020年には「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)が制定され、街がさらなる不安にさらされる中で完成した作品だ。
覚えている方もおられるだろうが、わたしは今年初めに目にした香港の街全体がPTSD状態だと形容した。だが、その間にもこんな落ち着いた目が育っていたことに驚くばかりだ。そして、この夏香港であれこれと話題を呼んでいる映画や、人々を元気づけているエンターテイメント、さらには出版物などの動きを見る限り、半年前のPTSD状態から何らかの変化が起きているのは間違いない。その頑強で頑固な芽を理解するという意味で、この作品はなかなか興味深いものがあった。
インタビューに入る前に簡単に映画の紹介をしておく。映画は3つの歴史的事件とそれにかかわった人物を中心に構成される。まず、1967年に起きた、親中派が巻き起こした英植民地政府への抗議活動である「六七暴動」事件と、高校生でそれにかかわった楊宇傑(レイモンド・ヨン)さん。次に1973年に中国で展開中だった文化大革命から逃れて、海を泳いで香港に密入境してそのまま香港人の身分を得た陳克治(チャン・ハッジー)さんとその妻。そして、1989年に天安門広場に座り込んだ学生たちの応援に向かい、6月4日未明の軍隊突入を目の当たりにした元香港人大学生の林耀強(ケネス・ラム)さん。そして、そんな彼らの時代を2019年のデモに参加した現代の若者活動家がそれぞれを演じて再現する形になっている。
わたしはこの映画に「いつの時代の運動や行動も、先頭に立つのは若者たちだ」というコピーを寄せた。昔の若者と今の若者が今の時代を共有し、今の香港を生きている。そんな現実を実感できる作品に仕上がっている。
以下のインタビューには多少ネタバレも含まれる。但し、香港の歴史を事前にきちんと理解できているわけではない日本人にとっては、映画にはわかりにくい「ネタ」も少なからずあり、それを補足する形で陳監督とのやりとりをまとめたので、これから見る人にも参考になるはずだ。今後各地で上映される予定なので、ぜひお近くの映画館をチェックしてご鑑賞いただきたい。
◎陳梓桓(チャン・ジーウン)監督インタビュー「ぼくは今、沈没しかけた香港で香港人たちの輝きを見ている」
陳:ぼくは1987年生まれですが、10歳になった97年に主権が中国に返還されました。
イギリスの植民地から今度は中国の植民地のようになってしまい、その成長過程で周囲の人たちが「お前は中国人」とか、「自分は香港人だ」と言うのを耳にしてきた。それが「香港人っていったい何者?」「香港人の主体ってなに?」「この都市にとってぼくらは何なの?」という大きな疑問になり、ぼくたちの世代はずっとその答えを求め続けてきたんです。
この映画を撮り始めたのは2017年で、当初はその答えを探すつもりでした。作品で取り上げた3つの歴史的出来事は、香港を主軸にして「香港人とは一体なんぞや」を論ずる際に非常に重要な意味を持っています。
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