【ぶんぶくちゃいな】ジャック・マーの引退が中国IT業界にもたらすものとは

「ジャック・マーが週明けの10日にアリババグループ会長職の引退を発表するらしい」

先週週末直前に米紙「ニューヨーク・タイムズ」(以下、NYT)にこんな記事が掲載され、金曜の夜くらいから中国関係のネットでこの話題が駆け巡った。

「阿里巴巴 Alibaba」(以下、アリババ)という会社やそれを統率するジャック・マー(馬雲)という人の名前を聞いたことがあっても、ITや海外株に関心のある人以外、一般の日本人にはこのニュースの衝撃度はよくわからないだろう。

例えて言うなら、たとえば、ソフトバンクの孫正義氏が「引退宣言する」と突然伝えられた感じだろうか。いや、孫氏は確かにすごいし、突然引退を表明すれば日本国内に衝撃は走るだろうが、マーのそれが中国国内にもたらすのは、もっと大きいような気がする。そして、残念ながら、日本ではこれほどの存在感を持つ企業家は今存在しないような気がする。

アリババという会社については、これまでもずっとその動向をニュースから拾ってご紹介してきたし、基礎からここでご紹介することはしない。もし、「まったく知らない」という方がおられれば、まずはわたしが3年ほど前にまとめた「政府も頼る巨大企業『アリババ』を読む」をご覧いただきたい。

当然のことながら、アリババという企業のビジネスも、また存在感も当時(わずか3年前なのに)と今では大きく違っているが、この間にアリババの飛躍を支えた基礎ビジネスをまとめてあるので、あくまでも基本理解としてご覧頂きたい。

NYTが「マーが引退を発表する」とした月曜日の9月10日はマーの54歳の誕生日でもあった。54歳で、一手に育て上げ、世界7位の時価総額4500億米ドルにした会社経営から身を引くのは、ちょっと早すぎる。

だが、実のところ、以前からマーは自分の引退についても普通に触れていたし、また米マイクロソフトのビル・ゲイツが妻とともにチャリティ基金を作って、2006年に引退したことをたびたび持ち出してそれにならいたいと言い続けてきた。

2013年にまだ40代でアリババのCEOの職を、ジョナサン・ルー(陸兆禧)に譲り、アリババグループの会長職に収まったとき、すでに彼はそれほど遠くない将来、次のステップとして「引退」を宣言するだろうことをほのめかしていた。

これらはアリババという会社の規模にばかり気をとられていれば気づかなかったかもしれないが、日頃からマーの言動に多少なりとも注目していれば、彼が「引退」に向けて具体的な行動を取ったことはある意味想定内のことだった。

しかし、なぜ突然、その情報が米紙から流れ出したのか? もしかしたら、この情報が出た7日に米メディア「ブルームバーグ」が発表したマーの独占インタビューをNYT記者は「マーは引退を暗示している」と聞いたのかもしれなかった。確かに彼はそこで「いつの日か、そしてそれほど遠くない未来に教師の世界に戻りたい。教師の仕事は、アリババのCEOを務めるよりもずっとわたし向きの仕事だ」と述べている。だが、そこでは具体的に10日という日付には触れていない(触れていたら当然だが、ブルームバーグがまっ先に報道するはずだった)。

みなが大議論を繰り広げていたところに、土曜日夜半にアリババのSNS「微博 Weibo」(以下、ウェイボ)の公式アカウントが「引退発表ではない」と否定コメントを発表。だが、そこでも10日月曜日にはなにやら重大発表が行われることだけは認めた。

そして当日の朝から話題を呼んでいた記者会見では、マーが(すぐにではなく)1年後に会長職を下りること、そしてマーの後継者として現アリババCEOのダニエル・チャン(張勇)が指名されたことが発表された。

このニュースはあっという間に国内外のメディアで伝えられたが、海外メディアの報道はひたすら、1年後とはいえどマーの引退にただひたすら驚くばかり、しかし、中国メディアには次々に「マーが引退すればどうなるか?」の分析記事が並んだ。やはりここでも、「地元」中国で日頃からマーの発言を聞き慣れていたメディアと、「アリババ=マー」というシンボリックな理解しか持っていなかった海外メディアの違いだろう。もちろん、日本メディアも後者に入る。

マーの顔立ちがあまりにも強烈なこともあって、「アリババ=マー」というイメージをアリババのサービスに直接触れることができない地域の人たちが抱くのもわからないではない。そうやってみると、後継者に指名されたチャンは、どう見ても取り立てて個性のある風貌をしているわけではなく、どちらかというと、目立たない普通のサラリーマンの一人だ。

フォトジェニックだったマーと、たぶん人混みの中に入ったら気づかれることはほとんどないだろうチャン。このインパクトは大きい。

実際、チャンについてはこんな逸話がある。アリババが毎年、従業員たちの家族に対して社内を公開するイベントの際、息子の職場を訪れた母親が、そばにいたアリババ職員にスマホを渡して写真を撮ってもらった。だが、スマホを受け取った母親は撮ってもらった写真が「焦点があってない」「下手っぴ」とこきおろした。

実はその職員こそ、アリババCEOのチャンだったという。

●ジャック・マーその人

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