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【ぶんぶくちゃいな】黄耀明(アンソニー・ウォン)インタビュー:「こんなときだからこそ、クリエイティブさが必要なんだ」

7月1日の香港返還25周年記念式典に合わせて展開された報道合戦もすでに一通り落ち着いた。だが、報道が終わったからといって、「香港が終わった」わけではない。中国の直接統治が進む中、毎日のように市民のアイデンティティを巡って社会を揺るがす出来事が続いている。

まず、中国でも人気の香港人歌手、張学友(ジャッキー・チュン)さんが中国中央電視台に出演して述べた返還祝賀メッセージで、「中国香港」と呼ばずに「香港」とだけ呼び、「祖国」にも「愛国」にも触れず、さらには「香港がんばれ」でしめたことが、ネットユーザーから「香港独立派だ」と声が上がり炎上。ネットでも公開されていたその動画は削除された。その後、張さんは「“間違いを犯した人たち”が『香港がんばれ』を使ったからと言って、この言葉を抹消するのは間違っている」「自分が愛国者かどうかはおのずから分かるはず」と中国国内の批判の声に反論し、これが香港市民の神経を刺激した。

さらに、逆にこれまでずっと民主派の立場を表明していた女性歌手の林二ブン(「ブン」はさんずいに「文」)さんが7月1日、フェイスブックに「わたしは昔から中国の民族音楽が好きだった」と書き込み、これまでとは打って変わった「中華.頌」(「中華を称える」)という民族調の新曲を発表した。「中華民族は変化に飛んだ歴史を持ち、また人生も変化に飛んでいる。だが、その変化の中でもルーツは変わらない」と、中国政府が主張する「中華文化」アゲにも読める書き込みに、「親中派に寝返った」と彼女のファンたちの間で激しい非難を巻き起こしている。さらに、「愛国と言ってだけでこんなにイジメられるなんて、誰も愛国と言えなくなってしまう」と言い放ち、また物議を醸している。

さらに3日に亡くなった著名SF作家の倪匡さんは長年、激しい中国批判で知られていたが、作品は中国でも広く読まれており、その死を知らせる中国国内ニュースでばっさりと「中国批判」の過去が削られた…などと、香港人著名人たちをめぐる「立ち位置」が大騒ぎになっている。

筆者はそれらの騒ぎについての「正解」は持っていない。だがエンターテイメント繋がりで、今年3月に話を聞かせてもらった、香港オルタナティブミュージック界の大物、黄耀明(アンソニー・ウォン)さんのインタビューをここでご紹介したい。

1962年生まれの黄さんは1986年にミュージシャンの劉以達(タツ・ラウ)さんとコンビを組んだ「達明一派」(「達明」は二人の名前から一字ずつとったもの)としてデビュー。前衛的な曲調と、ひねりの効いた社会観察的な歌詞であっという間に人気アーティストになった。

まったくの偶然だが、筆者は1987年初めに訪れた香港で同行者に誘われて、前年にデビューした若い歌手らを集めたコンサートを見に行き、彼らのパフォーマンスを見ていた。但し、当時は広東語がまったく分からなかったので、手持ちのプログラムに書かれた名前とステージ上に立ってるアーティストが一致せず、また何しろ初めて見る人たちばかりだったので彼らのパフォーマンスは記憶には残っていないのだけれども。

その後二人は達明一派として活動しつつ、それぞれにソロ活動も開始。黄さんはその後、香港アバンギャルド文化を代表するアーティストになり、また2000年以降、中国でも尖った物好きの人たちの間で絶大な人気を博した。

さらに2012年には同性愛者であることを公表、LGBTQ活動にも参与している。14年には雨傘運動支持を表明して「初めて路上に座って抗議」し、2019年のデモにたびたび姿を現した。その結果、中国市場からは排斥され、これまで発表してきた曲もすべてオンラインも含めて削除されてしまった。

そんな中、昨年8月に香港の汚職取締局に突然逮捕される。当局は、黄さんが2018年の選挙である民主派候補の応援に駆けつけてそこで歌ったことが、「プロの歌手が特定の候補の選挙活動で無償で歌うこと」が「不正・汚職行為」に相当すると説明。その後、黄さんは「同じ過ちを冒さない」ことを約束した上で不起訴とされた。

だが、この事件は前例のない容疑、そして当該民主派候補がすでに「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)違反容疑で逮捕されていることから、一般に民主派著名人に対するパージの一環ではないかともいわれる。

そんな黄さんが、今の香港で何を感じているのか、そしてこの難しい時代に香港に残ってアーティスト活動を続ける意味について語ってくれた。なお、インタビュー中、[]は筆者による訳注及び補足である。


◎黄耀明(アンソニー・ウォン):こんなときだからこそ、クリエイティブが必要なんだ


黄:
昨年のクリスマスのコンサートでも、ステージ上で流すつもりで準備した動画が、会場と香港電験処[*1]の許可が下りず放映できなかった。わざわざそのことを騒ぎ立てはしなかったけど、最終日はオンラインでも生中継していたから、「ネットなら観れるんだけどね!」と、「検閲された」ことを暗示してみせた。

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