【読んでみましたアジア本】シビレるほどに美味いインドのお話:東京スパイス番長『インドよ!』

牛が我がもの顔で街中を歩き回り、人間は死ねば犬に食われ、焼かれて川に流される。そんな、日本とは全く価値観にどっぷり身を置けば、人生とは何か、自己とは何かを考えざるを得ない。インドとはそういう重たい国なのだ。[水野仁輔]

うむ…「犬に食われ、」という点はさすがになかったものの、わたしの持つインドのイメージも似たようなレベルだった。そして確かにわたしが以前読んで、この「読んでみました本」でご紹介した本の中にもそういうものがあった。でもそれは実際に著者が体験した周囲の生死としっかりと結びついていた。

インドに「諸行無常の響き」を感じていたのは間違いなく、一方でわたしはまだ悟りを開く必要には迫られてないかなぁ…という漠然とした思いもあって、インドには「行きたい!」という気持ちはずっと湧いてこなかった。つか、インドはどちらかというとすでに仏教国ではなく、ヒンズー教の国なわけなんだけど(笑)、そんな諸行無常はあんまり興味がなかった。

確かに牛は我がもの顔で歩いていた。でも、バイクに乗るおっちゃんは、自分の走る先に牛がいるとドケドケ〜といった調子でバイクごとぶつかっていく。ぶつかられた牛の方は、しょうがねえなぁ、といった具合に道をあける。インド人の神聖視とはいったい何なんだ?! 僕は拍子抜けした。[水野仁輔]

これが現実なんですよね。中国でもよく似たような話を聞く。日本で語られるのはおどろおどろしい話ばかりで、行ってみると「いい人いっぱいやんけ!」(ここで中国人がみんな悪人だと思っているなんてそれだけで笑ってしまうけれど、そう思ってる人本当に多いのも事実)で拍子抜け。

たぶん、真面目にお勉強したつもりで「わたしは知っている!」と思っている人ほど、こうなるんだろう。だって、そんな本しか日本では(売れないから)出ていないんだもの。

わたしは生まれてはじめて中国に行った時、本当に中国のことを知らなくて、次から次へと探検テーマを見つけて行動する友人たちに話題的にもスピード的にもついていけず、最初の40日間はほぼぼーんやりと道端で行き交う人たちを眺めて過ごした。だから、「違い」はひしひしと感じたけれど、それほど大きなカルチャーショックを受けることはなかった。いまも昔も、初めての土地のお土地柄を知るにはそれでいいんじゃないの、と思っている。

本書の著者「東京スパイス番長」とは、インドの血を引き、日本で生まれ育ったシャンカール・ノグチ氏(貿易商)、ナイル善己氏(レストラン経営者)、メタ・バラッツ氏(レストラン経営者)と、「日本人初のインド人」である水野仁輔氏(カレー研究家)の4人が構成するグループで、本書は4人がそれぞれに体験した「インド」「カレー」についての短いエッセイ88本が収められている。

日本でも、「中国の次はインドだ!」てことで「インドビジネス」をテーマにした本も増えてきたが、まだまだ一般の人が「インドってどんなところ?」と興味を持って手を伸ばすにはそれらの本はなんだか殺伐としていて面白みがない。一方でカレー大好き、インド大好きな日本人もいるにはいるが、ただひたすら脳天気な「ヨソモノ視点」の旅行記ばかりのことが多い。

もちろん、これまでにもわたしがご紹介してきたようなインド小説翻訳本もあるにはあるが、やはり「重苦しさ」という点で評価され、輸入されたところが大きい。でも、本当は(中国と同じように)そこに暮らす人たちの本当の生活って、ヨソモノの我われが知っている数少ないキーワードだけで切り取られたそれそのまんま、じゃないんですよね。

本著にはインドにルーツを持つ人たちの親戚や同級生を通じてインドに向けられる、近かったり遠かったりする視点と、(我われの代表のような?)日本育ちのカレー大好きから始まった日本人のインドへの興味が詰まっている。ふと耳にした個人の経験をその国全体に当てはめるわけには行かないが、それでも我われがそこに近づくための参考になる。

●手垢の着いたイメージはつまらない


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