【ぶんぶくちゃいな・期間限定全文無料公開】「不明白播客」:チベット族教育学者が語る「習近平はいかにチベット語教育を破壊しているか」
今ちょうど、日本では「中国の教育」が大きな注目を浴び、それを巡る議論が日々展開されている。
そんなとき、もう一つの「中国の教育」を巡る話題が流れてきた。このメルマガですでになんどかご紹介してきた、米紙「ニューヨーク・タイムズ」記者の袁莉さんが主宰するポッドキャスト「不明白播客」からだ。袁莉さんのご許可を得て、チベット人教育学者のギャロ氏インタビューを日本語訳してお目にかける。
今回の背景をまずご説明したい。
今年、青海省ゴロク・チベット族自治州にあった「吉美堅賛民族職業学校」が、7月15日に閉校した。それを伝える海外のメディアによると、学校所在地を管轄する現地政府からの圧力で閉鎖に追い込まれたという。
同校は青海省ゴロク州の中心地である瑪沁県にあり、同州生まれの僧侶、ジグメ・ギャルツェン氏が1994年に創設した。創設時は瑪沁県人民政府やゴロク州人民政府の大きな支持を受けたことが記録されている。学んでいるのは義務教育を終えた高校教育段階の学生たちで、閉鎖までチベット族居住地区の各地からの学生ら1400人余りが学び、教師約60人が教えていたという。
「不明白播客」ではこの閉鎖について、2回のインタビューを放送。1回目はNGOボランティアで、かつてこの学校で教えていたという漢人女性が、チベット族社会の風習や学校内の様子、また学生たちについて具体的に紹介していた。その内容はこちらで聴くことができる。中国語の聞き取りが可能な方は是非。
本メルマガではその2回目、同地出身のチベット族教育学者、ギャロ氏のインタビューをお届けする。
中国国内における少数民族政策は多少、もれ聞いたことはあっても、具体的に理解しているといえる日本人は圧倒的に少ないだろう。なので、今日本で中国において政府が推進する教育政策に関心が向けられているときに、知識として情報として、まさに今夏起きたこと、そしてその背景について理解することは良いタイミングではないかと思う。
以下、筆者による注釈や補足を[]で書き足したので参考にしつつ、ぜひ読んでいただきたい。
◎ポッドキャスト「不明白播客」:チベット族教育学者が語る「習近平はいかにチベット語教育を破壊しているか」
袁莉(以下、袁):皆さん、こんにちは。「不明白」ポッドキャストへようこそ。ホストの袁莉です。
前回、青海省ゴロク州[*1]にある吉美堅賛民族職業学校(以下、ジグメ・ギャルツェン職業学校)で働いていたGingerさん[仮名]に彼女が現地で見聞きしたことや、チベット地域での生活を通して変わったチベット族やチベット文化に対する見方について語っていただきました。
今回はその続編として、チベットの教育事情について、教育社会学者のギャロ(Gyal Lo、漢字名は「嘉洛」)博士をお招きしてお話をうかがいます。
ギャロ博士はチベット族教育の専門家であり、チベット問題の活動家でもあります。2021年に中国を離れ、現在はカナダ在住で、西蔵行動研究所(Tibet Action Insutitute)[*2]に所属しておられます。
ギャロ博士は国際社会に向けて、中国政府がチベット族の親たちに子どもを政府設立の寄宿学校に入れることを強制していること、そしてその政策がチベット族の言葉や文化、宗教に与えている破壊的な影響について、強く訴え続けています。ギャロ博士、まずは自己紹介をお願いできますか?
ギャロ:私は一般的に、原則として中国語を話しません。中国語はできますが、話したくないのです。でも、本日は紹介を受けたこともあり、特別に中国語でお話しさせていただきます。
私はチベット高原[*3]の北東部にある半農半牧の貧しい遊牧民の家庭に生まれました。1975、76年頃に小学校に入り、寄宿制学校で公的教育を受けました。学業を終えてから約10年間、大学の教壇に立ち、その後カナダで修士号と博士号を取得しました。学位取得後、再び中国国内のチベット族居住地区に戻って5、6年働きましたが、2021年1月にやむを得ない事情で中国を離れました。
袁:そして、現在はNGOの西蔵行動研究所に所属されているわけですね。ジグメ・ギャルツェン職業学校が閉鎖された件については、閉鎖の情報をどのようにして知りましたか?
ギャロ:ニュースを知ったのは日本にいる時でした。7月15日の朝に個人的なルートやいくつかのメディアを通じて、最終的に本当にその事態が起きたことを確認しました。
袁:西蔵行動研究所が出した声明の中であなたは、この学校はチベット族教育における民族的な意義を持つ模範的な存在であり、その閉鎖は世界中のチベット族に壊滅的な損失にもたらすと述べておられます。なぜこの学校をそこまで高く評価しておられるのでしょうか?
ギャロ:中国共産党政府は60年以上にわたってチベットを支配してきましたが、チベット族に対する教育、特に学校教育において、依然としてチベット族が求めている教育に適したモデルを確立できていません。一方でジグメ・ギャルツェン先生の教育は、チベット族の学校教育にふさわしいモデルであり、広く普及させ、発展させるべきものでした。
この学校は個人が私立学校として設立し、30年間の間にある程度の規模にまで成長しました。子どもたちがチベット語やチベット文化をしっかり学べる一方で、第二言語や第三言語も習得することができました。チベット族に対する学校教育として全面的に非常に優れたモデルでした。
なのに、中国政府はこのモデルを広く推進するどころか、逆に学校を閉鎖してしまった。この事実にわたしは激しいショックを受けました。
●潰された「理想的なチベット族教育」モデル
袁:ジグメ・ギャルツェン職業学校の教職員や生徒たちは、学校が閉鎖されたことをどのように受け止めているのでしょうか? チベット族のご友人たちはどんなふうにおっしゃっていますか? またあなたはどうやって彼らの声を知ったのでしょう?
ギャロ:反響は非常に大きなもので、民族全体の政府に対する信頼が大きく傷つきました。なぜなら、学術界、牧民、若者、ビジネス層、宗教関係者など、あらゆる社会層の人たちが大きな反応を見せているからです。もちろん、その反応とは悲しみと失望でした。また、宗教界の人物や遊牧民、若者たちも多くが個人的なメディアを通じてその感情を表現していました。
声を上げたのは青海省ゴロクの若者だけでなく、四川省や甘粛省、雲南省、西藏自治区からも上がっていました。この学校にはチベット族居住地区全体から学生が来ていたのです。だから、その影響力とそれが社会に与えるモデル効果も非常に大きなものでした。
もし中国政府がこの学校を支援し、その教育モデルを広めていたならば、若者やチベット社会全体の政府に対する信頼感を大きく高めることができたはずでした。しかし、今回の閉鎖によって、民族全体がひどく傷つき、政府に対する信頼は完全に失われました。
袁:具体的にはどんな声があがっているのでしょうか?
ギャロ:みんな、「これから私たちが母語や母文化を学ぶための正式な機関はほぼなくなってしまった。唯一成功し、また規模のある学校まで閉鎖されてしまった。これから子どもたちはどうやって母語や母文化を学び、未来の社会に適応していくんだ?」と嘆いています。
ジグメ・ギャルツェン先生は非常に先見の明のある学者で、中国語や英語の学習を拒絶していたわけではありません。あの学校では3言語による教育を行い、チベット語やチベット文化をしっかり学ぶ前提の下、学生たちの中国語や英語の表現や書取の能力のレベルも非常に高かったのです。
それにもかかわらず、なぜあの学校を閉鎖する必要があったのでしょう? 唯一の理由は、母語や母文化を学ぶ場を提供していたことが、政府にとって都合が悪かったからだと考えざるを得ません。
袁:母語や母文化を学ぶことが、なぜ中国共産党政府にとって不都合なのでしょうか?
ギャロ:中国共産党は現在、大漢族主義[*4]的ムードと共産党独自のイデオロギーを利用した一元化を進めています。習近平は政権2期目に入って以来、基本的に民族や文化の多様性を否定し、「一つの国家、一つの民族、一つの言語、一つの文化」という政策を掲げ、各地方レベルの政府を通じて、標準語化された文字を徹底的に押し付ける政策を強行しています。
あの学校では、中国語や英語の能力も高い一方で、チベット語もきちんと学んでいた。それにもかかわらず閉鎖された理由は唯一、あの学校が母語や母文化を学ぶ場を提供していたこと。彼はそれを見たくなかったんでしょう。
●「バイリンガル教育」とはいうけれど…
袁:あなたは近年、中国政府がチベット族の親に子どもを政府の寄宿学校に送るよう強制していると、国際社会に向けて訴えておられますね。なぜこの政策に反対しておられるのでしょう?
ギャロ:この政策は、主にチベット族の子どもや若者に同化を強要するための手段だからです。中国政府は学校教育を、チベット族を大規模かつ徹底的に同化するための、非常に効果の高いツールとして利用しているのです。
寄宿学校にはいくつかのタイプがあります。ジグメ・ギャルツェン職業学校も寄宿制でした。なぜ私がそれを支持したかというと、そのカリキュラムは故郷や我われの母文化との一貫性を保っているからです。学生は母文化や母語をしっかり学びつつ、第2、第3の言語も習得できた。
しかし、国が推し進める寄宿学校では、チベット文化の精髄やチベット語の実践的な知識、そして故郷で最も日常的な風習と切り離されるのです。こうして2つの文化と知識体系を徹底的に分離させることによって、子どもたちは卒業時には自分の文化や民族の根っことほぼ完全に断絶してしまうのです。これが両者の最も大きな違いです。
袁:政府が運営する寄宿学校に子どもを送った親やその子どもたちと接したことがおありですか? それらの寄宿学校では、主に中国語で授業が行われているのでしょうか?
ギャロ:寄宿学校には3つのタイプがあります。
まず、1979年から1980年に設立されたもので、2種類のバイリンガル教育の形態を取っています。一つは母語を中心としたバイリンガル教育、そしてもう一つは中国語を中心としたバイリンガル教育ですね。しかし、そのどちらも厳密には本当のバイリンガル教育とは言えません。チベット語を主とする教育では、中国語の授業をチベット語に翻訳して行われますが、その翻訳のレベルが非常に低いのです。また、中国語を中心とした教育でも、チベット語はしっかり教えられていません。
私はトロント大学で博士号を取得しましたが、そこでバイリンガル教育に触れ、それを研究しました。学生に対して異なる文化と言語を両方教えることが、本来のバイリンガル教育です。でも中国政府がチベット全域で行っているのは真のバイリンガル教育かというと、違うんです。
二つ目のタイプの寄宿学校は1984年に始まった「内地チベット班」で、そこでは子どもたちは完全に同化されます。5、6年後に帰宅した子どもたちは、ほぼ親とコミュニケーションが取れなくなります。
そして、三つ目のタイプの寄宿学校は2016年以降に始められたもので、4歳から6歳の子どもを寄宿学校に入れて、徹底的な同化を行っています。
袁:4歳から6歳で寄宿生活を始めるなんて……しかもチベット族居住地区は広いので、とても遠くの学校になることもありますよね。
ギャロ:そうです。4歳から6歳の子どもは、週に2晩しか自宅に帰れません。週末は金曜日に帰宅して、日曜の午後には[親が]学校に送り届けなければなりません。これは倫理的にも、教育的にも、心理学的にも、あらゆる面であってはならないものです。
●わずか3カ月で見知らぬ人になってしまった孫娘
袁:2023年9月、あなたは『ニューヨーク・タイムズ』のオピニオン欄に、「中国の寄宿学校にいる何百万ものチベット族の子どもたちは何を経験しているのか?」とする記事を発表なさいましたね。そこであなたの家族の例を挙げておられましたが、その話をお聞かせいただけますか? 視聴者はそのケースから、チベット族の親や子どもたちがどのような状況に置かれているのか、より理解できると思います。
ギャロ:あれは2016年のことでした。当時の私はそれにあまり注意を払っていなかったのですが、この年の11月に[故郷で暮らす]弟から電話があり、「兄さん、一度帰ってきてくれないか。2人の孫娘に変なことが起きている。うまくいえないんだが、原因もわからない。ぜひ見てほしい」と言われたんです。
孫娘2人はその年の9月から寄宿学校に通い始めたばかりでした。私は11月の終わりの金曜日に帰省し、弟に「2人を迎えに行こう」と言いました。学校に着くと、校門にはカギがかかっていました。そして午後4時になって、学校の先生が迎えの家族のために一斉に門を開けたのです。あの日、私が迎えに行ったというのに、2人は門から出てきてちらりと私を見ただけで、感情的な表情は一切見せませんでした。
袁:おいくつだったんですか?
ギャロ:当時、1人は4歳、もう1人は5歳でした。いつもなら私が遠方から帰ってくると、彼女たちは村の外まで駆けてきて、ためらうことなく私に飛びついてきたものです。それがその日は違っていました。私は「一体何が起こったのだろう」と疑問に思い、彼女たちの様子を観察することにしました。
家に着くと、彼女たちはリュックを放り出し、祖父母や父母たちとも感情的な交流を一切見せませんでした。夕食の際も、私は彼女たちを観察していました。2人は少し離れた椅子にきちんと座り、両手を肘掛けにかけて、まるで家族ではなくお客か見知らぬ人のようでした。
教育学者の私はこれは深刻な問題だと感じ、弟に「なぜ子どもたちを[寄宿学校に]送るんだ? 送らないとなにか都合が悪いことでも?」と尋ねました。すると、弟は「送らないと罰を受ける」と答えたんです。
政府は罰則を設けていたんです。子どもを送りこまない家庭は、まずブラックリストに名を載せられ、政府の支援や福利、援助金を受けられなくなる。次に子どもたちは小学校に進学できなくなる。さらに、弟が自分で子どもたちを送り迎えしなければならなくなるという。
5歳の子に「学校で何があったの? 先生はどんなふうに教えてくれているの?」と尋ねてみました。なぜたった3カ月間でこんなに大きな変化が起きたのか、3カ月で帰宅した子どもが見知らぬ人になっていたんですから。もしもっと時間が経てば、いったいどうなることか?
子どもによると、先生たちは毎日、漢族文化情報を含んだ手作りの物品をテーブルの上に置いて、それを……
袁:暗記させる?
ギャロ:暗記ではなく、まず目を閉じてそれをイメージさせ、彼らに自分がイメージしたものを描かせ、それをさらに中国語で説明させるというのです。教育学的には非常に有効な方法ですが、これによって子どもたちはすぐに母語を忘れていきます。
これは特定の場所だけで起きていることではないはずです。当時、中国政府は就学前の幼児教育を義務教育の一環として、全チベット族居住地区でこの政策を実施しました。私は4年間、夏の間にフィールドワークを行い、50以上の学校を視察しましたが、そこではあの孫娘たちとほぼ同じことが起きていたんです。
考えてもみてください。7年後にあの子どもたちは自信たっぷりに自分の親や家族に対して、「なぜ中国語を話せないのか」と批判し始めたのです。これは非常に深刻な問題です。
●良い教育とはリソースではない、カリキュラムだ
袁:『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された寄稿記事で、あなたはさらにこうおっしゃっておられますね。
ジグメ・ギャルツェン職業学校は[青海省]ゴロク州にありますが、6月19日には中国の最高指導者、習近平がゴロク西寧民族中学を視察しました。中央電視台の報道によると、この学校はゴロク州の農牧地区の子どもたちの通学困難を解消するために建てられたといいます。
あなたは、これについてどう思われますか? 一方で学校が閉鎖されながら、もう一方では青海省の中心都市、西寧市に新しい学校が建てられて農牧地区の子どもの通学の困難を解決するという。矛盾しているように感じますが、あなたはどのように事態をみていらっしゃいますか?
ギャロ:西寧に学校を建てることには異論はありません。それ自体は良いことです。しかし、問題はそこで提供されるカリキュラムです。どのようなカリキュラムを設計し、何を教えているのかが重要です。
ジグメ・ギャルツェン職業学校では、母語と母文化の基礎をしっかりと学べるカリキュラムが提供されていました。しかし、西寧に建てられたその寄宿制中学もそんな学校なのでしょうか? 違います。
そこでは、パフォーマンスを使い、子どもたちに踊ったり、歌ったりすることでそれをチベット族文化のすべてであるかのように教えています。でも違うのです。西寧市のあの学校で、我われゴロク州のチベット族の子どもたちがチベット文化の精髄や伝統的な知識を学ぶことができるでしょうか? チベット語で現代の知識体系を学ぶことができるでしょうか? 答えは「いいえ」です。
彼らは教育リソースと環境を提供することで、カリキュラム内容を覆い隠すという陰謀を進めているのです。なぜ彼ら[習近平一行]が学生寮にやってきてそこで写真まで撮ったのか? それは、私たちが近年、国際的に寄宿学校の問題を訴えていることを受けたからです。国はこうして[環境の良さを強調することを]進めているのです。
袁:つまり、それらの行動はあなたが指摘する問題を証明していると?
ギャロ:そうです。
袁:では、なぜ習近平はあの学校を視察したのでしょうか?
ギャロ:重要だからです。彼はチベット統治戦略を実行に移そうとしているのです。
彼が青海省西寧市を訪れたのは、チベット族居住地区における統治戦略のためでした。そこには政治ムード向上や、多文化・多民族的なものに対する制圧も含まれています。彼は存在する異なる言語や文化の同化を急いでいます。「一つの民族、一つの言語、一つの文化、一つの国家」という理念を強力に推し進めたいのです。そこで、青海省やチベット族居住地区の省政府幹部たちに政治的な圧力をかけている。それを受けた下層の官吏たちが、最終的にあの学校を閉鎖する決定を下したのです。
おそらく習近平自身はジグメ・ギャルツェン職業学校の存在を知らなかったかもしれません。しかし、政治的な圧力や政治ムードの影響で、地方の省や州の担当者たちが学校を閉鎖する決断をした。わたしはそう考えています。
●チベット族は「中華民族」ではない
袁:習近平がゴロク西寧民族中学を視察してから約1カ月後に、ジグメ・ギャルツェン民族職業学校が閉鎖されました。習近平が中国共産党の指導者になってから、チベット族に対する教育政策は前任者とどう違ってきましたか?
ギャロ:根本的に変化しました。彼の前任者といえば胡錦濤や江沢民ですが、特にトウ小平や胡耀邦の時代は、チベット族居住区全体が「黄金の政策」と呼んでいました。江沢民や胡錦濤の時代もまだ状況は緩やかでした。
袁:相対的に緩やかだったと。
ギャロ:相対的に緩やかではありましたが、決して良好ではありませんでした。しかし、習近平の2期続投が確定して以降、彼は急速な政策転換を行い、前任者たちが3、40年の間、手をつけなかったことを実施したのです。
袁:例えば?
ギャロ:例えば、政治思想教育の強化です。少数民族地域の学校で政治思想教育の授業を増やしたことで、民族語や民族文化に関する授業時間が削減されました。これは大変顕著な例です。
また彼は政治的な圧力をかけて、共通語[標準中国語]の普及政策を強行したことで、それが政治問題化しました。現在はチベット族居住区全体の教育システムにおいて、すでに母語の重要性を主張できる勇気のある人はいなくなりました。彼は社会のムードをそんなふうにしてしまったんです。
袁:おっしゃるとおりですね。
袁:習近平がゴロク西寧民族中学を視察した際の中国中央電視台の報道をご覧になりましたか? 番組のプロパガンダでは、そこで学ぶ学生たちは流暢な中国語を話し、書道の授業やロボットのグループ活動、管楽器の練習に参加していました。食堂に並ぶ食べ物は漢族のそれが多めに提供されていました。
また、あるチベット族の学生が、「国内では私たちはチベット族ですが、海外でははっきりと、私たちは中国人だと言います。私たちは中華民族なのですから」と述べていましたね。こうした報道を見たり聞いたりした時は、どんなふうに感じますか?
ギャロ:彼らはもちろん喜んで、大々的にそれを喧伝してみせますよね。彼らがやっていることが成功したのですから。彼らはその教育モデルを成功させ、また合法化し、当たり前のことにしてしまった。
その「民族性」、国内ではチベット族だが、海外では中国人だという点については、彼ら学生自身もよく分かっていないはずです。政府系メディアによる勝手なプロパガンダか、それとも学生にそのように言うように指示したのでしょう。
「中華民族」という概念には他の民族が含まれているとは、私には思えません。というのも、「中」は「中原」[*6]、「華」は「華夏」[*7]を指すものだからです。その2文字の意味はいったい何か?
「中華民族」がどうしてチベット族、ウイグル族、モンゴル族、そしてさらにその他の壮族や彝[イ]族を意味することになるのでしょう? 含まれていますか?……いいえ!
もし「中華民族」がこれらの民族を包括しているというならば、彼らには相応の権利と平等な政策があってよいはずです。母語や自分の文化を学ぶ権利があるはずです。国はそうしたプラットフォームを提供する責任があります。学校教育を通じて強制的に同化することは許されないこと。なぜあの私立学校を閉鎖するのか?
袁:ジグメ・ギャルツェン職業学校が閉鎖された後、学生たちはどこで勉強を続けているのでしょうか?
ギャロ:学校が閉鎖された時、私が目を通した資料によると、ゴロク州の政府機関は一部の学生を公立の職業学校に編入させました。しかし、ほとんどの学生は行き場を失い、故郷に戻りました。彼らは学校の再開を待っていますが、いつ再開できるかはわたしにも分かりません。
袁:再開の可能性はあると思いますか?
ギャロ:見守るしかありませんね。
●チベット文化を継承してきたのは僧侶と寺院
袁:ジグメ・ギャルツェン職業学校の写真やビデオを見ていて、多くの学生が僧衣をまとっていることに気付きました。これは中国政府にとってデリケートな問題なのではないでしょうか?
ギャロ:それは「デリケート」などという問題ではありません。この伝統は1300年以上続くもので、共産党がやって来て初めてできたわけではありません。共産党が存在するよりもはるか前から、僧侶が袈裟を着ることは当たり前のことでした。
この1300年の間、私たちの民族には学校がなく、僧侶たちが寺院で教育を受けて、豊かなチベット文化と言語文化を伝承してきたんです。ジグメ・ギャルツェン学校では、僧侶と一般の子どもたちを一緒に混合教育するもので、これはとても良い教育モデルだと思います。しかし、それでも閉鎖されてしまった。
また、中国政府は18歳未満の子どもたちが出家して僧侶になることを禁止する政策を制定しました。これは狙いが明らかな、意図的な措置です。子どもや親には、自分たちがどのような教育を受けたいのかを選ぶ権利があります。子どもには選択の権利があり、親にも選択の権利があります。
では、なぜ政府は18歳未満での出家を禁じるのか? 最終的に寺院の僧侶人口を絶つことを狙っているのです。
袁:ここまであまりはっきりと触れておられませんでしたが、実はチベット族にとって長い間、教育とは出家して寺院で受けるものだったのですよね?
ギャロ:そうです。
袁:そして今、中国政府が子どもたちの出家を許さず、また還俗[*8]する成人僧が増え続けている。僧侶の減少は、チベット族居住地区の未来にどのような影響を与えるのでしょうか?
ギャロ:影響は非常に明白です。
政府は僧侶にならなかった子どもたちを、[政府の進める]基礎教育を通じて母語や母文化から切り離し、断絶させている。他方で、18歳未満の子どもたちの出家を完全に禁止した。
ならば、誰が寺院の文化の精髄を継承するのでしょう? 私たちのチベット文化は約4700年以上の歴史を持ち、もともと学校教育はありませんでしたが、それでも文明は引き継がれてきました。
2018年以降、習近平政権はチベット族の学校教育を完全に植民地教育に変えてしまいました。この役割の変化と学校機能の変化は本質的な変化であり、これは第2期習近平政権から始まったものです。以前の指導者の時代には起こっていません。
袁:あなたにとって理想的な、チベット族居住地区に適した教育の形態とはどのようなものでしょうか?
ギャロ:ジグメ・ギャルツェン先生のあの私立学校は規模はそれほど大きくはありません。でも、私は彼と15年前にその話をしたことがあります。
彼とは知り合いで、とても親しい間柄です。私は彼に「あなたの学校のモデルは将来、私たち全チベット族の学校教育の典型モデルになるだろう。そんな教育の一歩を踏み出してくれて、非常に感謝している」と伝えました。彼は私に「ギャロ先生、私の学校をそんなふうに評価してくれたのはあなたが初めてですよ」と言っていました。
彼の学校のモデルは、私たちチベット族居住区全体が求め、チベット文化が求め、そしてチベット民族が求めている教育モデルに向かうものでした。
なぜなら、[今や]すべての若者が僧侶になることができなくなってしまったから。文化の精髄を支えてくれる若者が必要です。出家した子と一般の子どもたち、若者がともにチベットの文化の精髄や言語文化を学べる場や機関に触れられることが大変重要なのです。
ジグメ・ギャルツェン先生はそんな場を作り出し、そんな機関を設立したのです。その存在は非常に重要でした。
袁:あなたはあの学校に行ったことがありますか?
ギャロ:行ったことはありません。
袁:写真で見ると、山奥にあるようですね。
ギャロ:そうです。ジグメ・ギャルツェン職業学校は川のそばの寺院から300メートルのところにあります。この寺院は268年の歴史を持つもので、文明や文化の継承にはそんな機関が必要なのです。そんな機関の進化と発展には時間がかかりますが、ジグメ・ギャルツェン先生は困難な状況の中で、その画期的な一歩を踏み出したのです。それが彼の素晴らしいところです。
●漢人たちは困惑している
袁:ここで中国の視聴者が興味を持っている質問をさせてください。
あなたは「丁真」[*9]という人物について聞いたことがおありですか? 彼は近年、多くの人々に知られるようになったチベット族の若者ですが、彼をどう思われますか?
当初彼はネットで大人気を博したのですが、その後ネットで攻撃されました。彼は字が読めないのに公務員[四川省の旅行大使]になれたのは、顔がきれいだからだと批判されました。また、多くの人たちが彼に中華字典[*10]を送りつけました。あなたはこの現象をどう思われますか?
ギャロ:あれは漢族の社会がチベット族の若者に困惑したことから起きた現象です。彼らはチベット族に[自分たちと]違う一面を見たがる一方で、同じ一面も見たいと考える。そこで起きた困惑の中で、そういう流れになった。それ全体がすごく興味深いできごとです。
私は丁真という若者は、将来的にチベット族の若者の模範対象にも、また漢族の若者の模範対象にもならないだろうと考えています。私たちの故郷では、彼を漢語の「四不像」[*11]と読んでいます。彼は将来、そんな人物になるのだと思います。
袁:なぜ漢族のネットユーザーたちは、彼に新華字典を送りつけたのでしょう? こうした行動をいかに思われますか? とにかくものすごく多くの人が、大量の辞書を送りつけましたのですが。
ギャロ:彼らは丁真が流暢に、スムーズに、彼らとコミュニケーションを取れるようになってほしいと願ったんでしょう。
袁:あなたはそれを悪意のある行為だとは思わない?
ギャロ:彼らに悪意があったとは思いません。彼らはただ、丁真が彼らと流暢な中国語で交流できることを望んだだけですから。これは民族感情や民族間のトラブルとは別の話です。私はそう考えて今す。
袁:それでは最後に、チベット族の教育について、あなたから漢族に伝えたいことはありますか?
ギャロ:中国の内外にいる人に、ということですか?
袁:そうです。私たちの視聴者は国内にも国外にたくさんいます。
ギャロ:今日このポッドキャストに参加して、チベット族の教育についてお話しできたことを非常に嬉しく思っています。皆さんは真実を知らなければならない。チベットで起きていることすべてを知る権利があります。
私は2021年に中国を、チベット族居住地区を離れましたが、私たちはチベットで何が起こっているのかをもっと多くの時間をかけて話し合い、最新の情報を共有していかなければなりません。
私はチベット族居住地区の経済や社会が発展することを拒絶しているわけではありません。しかし、そこで行われている文化的なジェノサイドを明らかにしなければなりません。文化的ジェノサイドは、漢族とチベット族の関係を破壊し、チベット民族が漢族や中国政府に対する信頼を失うことにつながります。
私たちは信頼と友好的な関係を守るために努力しなければなりません。ですから、私たちには真実を理解し、それを伝える責任があるのです。皆さん、ありがとう。
●文化には「進んでいる」「遅れている」はない
袁:最後にもう一つだけお伺いします。これは多くの漢族の人たちが困惑している問題だと思いますが、中国政府のプロパガンダによって、多くの人たちは少数民族文化とは遅れたものだと思い込んでいます。チベット族の人たちは日がなお経を唱えているだけだと。
チベットあるいはチベット族文化の近代化と民族の特性の維持という両面において、教育はどのような役割を果たすべきだとお考えですか?
ギャロ:文化には「進んでいる」も「遅れている」もありません。文化にあるのは「適応する」か、「適応しない」か、だけです。
教育は、文化と言語の主要な伝承手段であり、言語と文化を伝承していく責任を負っています。教育がその責任と役割を果たさなくなったとき、その教育はもはやその民族の教育ではありません。
袁:それでは最後に、ゲストの皆さんにはいつもおすすめの本や映画を3本紹介していただいているのですが、ギャロ博士のおすすめは何でしょう?
ギャロ:人それぞれには興味や教育レベル異なりますが、高レベルなものを望まれる視聴者さんには、ぜひ、司馬雲杰が1989年4月前に出版した『文化主体論』『文化価値論』、そして『文化悖論』から成る叢書[*12]をご覧ください。山東人民出版社から出版されています。
素晴らしく価値の高い、現代中国のエリート層の思想を代表する書籍だと思います。読むと視野が広がり、浮ついた社会ムードから、理性的な民族と民族母集団の視点に立ち戻ることができます。それは大変大事なことです。この三冊を通読すれば、たくさんの学びを得られることでしょう。
袁:ギャロ博士、ありがとうございました。そして視聴者の皆さんもありがとうございました。また次回お会いしましょう。
(オリジナル音源:「不明白播客:EP-113 藏区教育(下):藏族学者談習近平如何摧毀藏語教育」 )
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