「取材者の無知」という凶器

うお、このツイート……続けて、

これ、記事を読んでびっくり。産経新聞の論説副委員長まで務める佐々木類さんとやら、完全アウトじゃないですか。

●取材を断られても「接触できた」?

アウトというのはまず、最初のツイートで紹介されている「大紀元」の記事の中で、佐々木類・産経新聞論説副委員長がこう書いている点である。

大紀元では何度も取り上げているので、私がここで「千人計画」についてくどくど書いても仕方ないのだが、この計画に参加した日本人研究者と最近、接触できたので紹介したい。

こう書かれていれば、読者は誰もが日本人研究者(記事に名前が出ている「服部素之」さんのこと)のインタビュー、あるいは証言らしきものがそこに続くと自然に思いますよねぇ。しかし、

誠実な人柄なのだろう。その日のうちに返事が来た。だが、「専門の科学分野以外の取材には応じられない」という丁重に取材を断る内容だった。

ここに取ってつけたように「誠実な人柄なのだろう」という判定が続くのはご愛嬌だが(メールをその日に返せば「誠実な人柄」になるということは心しておきましょう)、取材は断られたとある。実際に服部さんも断ったときのメールをコピペしておられる。

だが、これをどうしたら「接触できた」といえるのだろう? どこかで出会って話をしているときに取材を断られたというのであれば、まだ「接触した」といえるかもしれないが、メールで取材を申し込み、そのまま断られた場合は、イコール「接触を断られた」のではないか。少なくとも、当事者の服部さんのツイートからは彼がそう判断していたことがわかる。

そして実際に、件の記事には服部さんのコメントは「専門の科学分野以外の取材には応じられない」しか紹介されておらず、それこそこの記事のテーマである肝心の「千人計画」についてはなんのコメントもない。産経新聞社の基準では、なんのコメントを貰えていなくても「本紙記者は〜接触した」と書いていいことになっているのだろうか。

これは記事に期待する読者に対する侮辱じゃないですかね。

●「第4の権力」者の無知は凶器になる

次に不思議なのが、産経新聞社論説副委員長の佐々木氏はなぜまた「大紀元」なんかに記事を寄せているのだろう? 産経と大紀元って資本関係でもあるのか? さらに気になったのは、服部さんに取材申し込みをしたとき、佐々木さんが「大紀元向けの記事を書くためです」と名乗ったのだろうか?という点だった。

実は日本の、会社メディア記者が、素人相手の取材によく使うのがこの手段である。新聞社や通信社で給料をもらっている記者は、一般にある一定のキャリアを積んだ後で会社の許可を取りさえすれば、社外の媒体にも記事を提供することが許されるようだ。雑誌などでもよくそういう肩書の筆者の記事を見かけるはずだ。もしかしたら、佐々木さんが大紀元に書くのもその類なのかもしれない。

だが、そういうケースでも記者たちは多くの場合、自分の正職、つまり著名新聞社や通信社の名刺や役職を取材相手に名乗ることが多い。「外部の媒体に書く」とは言わず、日本人ならばほぼ誰もが知っている大型メディアの名刺を見せられれば、素人なら信頼して取材に答えようとする。だが、その取材記事は実は取材対象者が期待した著名メディアには載らず、記者の個人仕事(アルバイト)として別メディアに掲載されるのであれば、記者はその事実を事前に取材対象者に明らかにして同意を得るべきではないか。このへんを意図的なのか、無意識なのかはわからないが、記者側がさらりと無視しているケースがよくある。

この点は今回のケースでは特に問題が大きい。

というのも、「大紀元」という媒体が中国国内では「邪教」に指定されている宗教団体「法輪功」が運営するメディアだからだ。当然、中国国内においては出入り禁止のメディアである。産経新聞社も中国政府とは大変仲が悪いが、その比ではない。産経は少なくとも中国国内で支局を開き、記者を置き、取材をすることが認められている。「大紀元」がそれをやると公安局が飛び出してくる。そういう関係なのである。

とはいえ、中国国内で禁止されているメディアに日本で暮らす佐々木氏が記事を提供するのは佐々木氏の自由だ。だが、その記事の取材にもし、「産経新聞記者です」としか知らされずに服部さんが答えていたとしたら?

服部さんは佐々木氏の記事でも紹介されているように、中国の大学で研究を行い、中国で暮らす日本人である。万が一、そんな立場で「大紀元」の記事に協力したとなれば、勤務先ではきっと大問題になる。もし事前に「大紀元の記事です」と聞かされれば当然服部さんは断るだろうが、もし前述したような手法で佐々木氏が「産経新聞」としか名乗っておらず、さらにもし服部さんが取材に応じていれば、この記事のおかげで服部さんは中国で火だるまにされてしまっていたかもしれない。

(なお、念のためだが、わたしは法輪功に対してなんらの好意も、また嫌悪感も抱いていないことを特筆しておく。法輪功が中国で「邪教」に指定された原因や背景は複雑だが、それとは別にここではあくまで、現在中国で働き、家族と暮らしている服部さんが本人の意図しないところで、いかなる立場に追い込まれるかを客観的に判断しているだけである。)

残念ながら、取材を断られたのに「接触できた」とごまかしてしまう佐々木氏が服部さんに宛てた取材依頼メールに「大紀元に書く記事」と書いていたとは思えない。それが意図的か、それともうっかりだったのかはわからないが、取材者として取材対象者の安全を守ることすら考えていないとしたら、記者失格であろう。

あるいは、「いや、服部さんのインタビューが取れなかったから産経本紙じゃなくて大紀元に書くことにした」とでもいうのだろうか。だが、それでも記事では「接触できた」と述べつつ、服部さんの公開情報を集めて披露しており、逆に取材拒否された服部さんに対する「ハラスメント」のようにも見える。唐突な「誠実な人柄なのだろう」という形容もまたその邪悪な下心を画すための褒め殺しのようにも思える。「第4の権力」と言われるメディアの人間が、私怨から素人個人に向けてハラスメントに走れば、相手はどうなるのだろうか。このケースを見ながら考えてみるだけでも恐ろしい。

ともあれ、真相は分からない。

だが、少なくともここで言えるのは、佐々木類氏が多少なりとも中国をテーマに取材を行うならば、もっと取材対象に対するタブーをわきまえるべきであろう。万が一、「大紀元が中国でどんな扱いにあるメディアか知らなかった」というのであれば、佐々木氏は「論説副委員長」の肩書を振り回して中国取材をするより以前に、もっと中国取材の常識を同僚記者から学ぶべきである。自分の記事にプライドがあるならば、少なくとも取材相手を守ることくらいは熟考すべきだ。

記者のちょっとした功名心(外部メディアへの露出)が、取材対象者の普通の人生を根本から潰してしまう可能性もあることを、メディア関係者はもっと真剣になって考える必要がある。もっと正直に、もっと真っ直ぐに相手に向き合い、あなたたちが「第4の権力」者であるからこそもっと真摯に、もっと謙虚に行動すべきだ。

●追記:やっぱり「大紀元に書く」とは言ってなかったらしい。

記事公開と入れ違いのように、服部さんがツイートしておられました。

ひどいなぁ…

●追記その2:服部さんがnoteにページ開設


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フリーランスライター/香港14年+北京13年半から今日本。中国や香港の市民社会について日本メディアがあまり伝えない話題を紹介。まるっと講読は夜間飛行配信メルマガ「§ 中 国 万 華 鏡 § 之 ぶんぶくちゃいな」(月864円:http://bit.ly/1Sp0eJq )がお得。

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