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【読んでみましたアジア本】どこにでもいるような少年から香港という社会を知る/西谷格『香港少年燃ゆ』(小学館)

「今、日本では香港の話題ってどうなの? 読まれてるの?」

旧暦の正月を東京で過ごした、香港の大学で教鞭を執る友人に訊かれた。

む…さすが元ジャーナリストで、今もジャーナリズムを教えているだけある。単刀直入だ。

「正直、手応えはあんまりなくなってる。香港の話題自体があまり日本人の意識の範囲にない感じがしてる。直接の原因はやはりマスメディアが伝えていないこと。日本のマスメディアのほとんどが香港に記者を置いてないから、日々刻々と起きていることに追いつけていないし、通信社の配信記事をさらっと触れて終わりというケースがほとんど。ジミー・ライの弁護士起用事件にしたって、『そういうことが起きている』と記事はあっても、なにが同問題なのかは伝わらないまま。紋切り調の報道はどうしても人々の意識に残らないからね」

そこから英語メディアの報道へと話が広がった。「(香港に記者を置いている)西洋メディアも報道はすごく減っているね…一番コンスタントに、深い報道を続けているのはロイターかな?」

そして、話は我われの共通の知り合いである、西洋メディアの中国人記者に移った。中国報道を続けているその記者は香港政府がワーキングビザ発給を拒絶したため、勤務先のメディアが近く記者を本社に呼び戻し、グリーンカードを取らせる手配を進めることになったという。わたしはてっきり、その記者は米国籍を取得済みだとばかり思っていたのだが、「ずっと中国国籍のままだった。今後はわからないけどね」と友人は言った。

中国政府ではない、「香港政府」がビザを出さなかったと聞いて、とうとう香港もそこまで中国化してしまったのか、と頭がクラクラした。すると友人が言った。「数年前にも英国人ジャーナリストのビザ更新が拒絶されたじゃないの。あれと同じよ」

…そうだった。きっかけになったのは香港の外国人記者クラブの会員を集めたランチ講演会で、香港独立の主張を展開する活動家を招いて話をさせたことが香港政府の逆鱗に触れ、その会合の責任者だった英国人記者のビザ更新が拒絶されたのだった。それが2018年のことだから、「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)施行よりも、また2019年のデモよりも前の話で、当時は大騒ぎになった。

政府が目の敵にしてはいたものの逮捕もされていない人物の主張に耳を傾けることはジャーナリストたちにとっては日常の活動である。それに賛同するかどうかは別の話で、いや主張を聞いてみなければ賛同も○○もないわけだが、政府にとって独立主張者が「正式な場に呼ばれた」ということ自体が「ほっておけば沽券に関わる問題」だったようだ。それもまた、以前の香港にはなかった、非常に中国的なメンツ意識だった。そこに敢えて別の手段を使って政府が「懲罰」を下したことに、メディア界にも、そして言論界にも激論が巻き起こった。

友人との話題に上がった記者もまた非常に優秀な人だったが、友人から聞かされなければわたしはその裏事情を知らないままだった。あの大激論以降、同様に香港にいられなくなったジャーナリストはどれだけいるのだろうか。そのことがほとんど伝えられていないこと自体にも、香港の「変質」を感じた。

●デモ現場で知り合った15歳の少年

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