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切断線に差し込む未来――『思い出のマーニー』『宮崎駿論』『教室』

かつて児童相談所の一時保護所で夜間指導員をしていたことがある。子どもたちと一緒に寝泊まりする歌のお兄さんみたいな仕事だ。

というと、ほのぼのした感じもあるが、もちろんそれだけではない。一時保護所は行政が介入したあらゆるケースの子どもたちを引き受ける。ケンカで相手に傷害を負わせてしまった子も、性風俗で働かされていた子も、カルト教団の施設で暮らしてた子も、酒鬼薔薇聖斗を真似て同級生の机に猫の頭部を置いた子も、出所後の行き先はどうあれ、みな同じ部屋で寝泊まりするのだ。

ちょっと極端な例を挙げたが(だがすべて事実だ)、当時もいまも圧倒的に多いケースは親の虐待からの保護だろう。いまだに思い出すことがある。彼や彼女のうつろな目。肉体的外傷だけでもぼくの想像を遙かに超えたものだったし、それ以上に自分をこの世に誕生させた人間から承認されないという事態に直面した彼や彼女の顔、顔。

彼や彼女の壺は根源的な怒りと悲しみで充満し溢れそうなほどパンパンなのに、彼や彼女の多くはそれをどうやって外に発散していいのかわからず、ちょっとしたきっかけで暴発させてしまう。厄介なのは、壺のフタが意外にも厚いということだ。彼や彼女はどんなにヒドイ目にあわされてもなお、非は自分の側にあると考える。身体の痛みに耐えながら、それはコミュニケーションの一種であってほしいと願う。でないと自分のこの「生」は承認されえないから。

なので、彼や彼女は親の目を常に意識する。親の期待を予測し、先回りし、いい子であろうとする。やがて彼や彼女は周りの大人や友だちとの関係においても、自分に期待されるべき像を必死で演じはじめるだろう。

映画『思い出のマーニー』の冒頭のアンナの表情に、あの頃に出会った彼や彼女たちの顔が重なった。といってもアンナは虐待されていたわけではない。それどころか実の親の顔すら知らない。アンナの両親は、彼女が物心つく前に亡くなってしまったのだ。

マーニーがアンナにボートの漕ぎ方を教えるシーン。オールを握るアンナの手に、マーニーがそっと手を添える。世界を寄る辺なく漂っていたアンナの、ある方向へと漕ぎ出す瞬間の表情、その手応え。直後、アンナへの全幅の信頼を背中で伝えるかのように、マーニーは舳先にすくっと立ち、『タイタニック』のケイト・ウィンスレットよろしく両腕を広げる。なんともでたらめで、なんとも頼もしい姿じゃないか。

「幽霊じゃないよね」アンナがマーニーに触れてみる。現実をファンタジーとして捉えるのではなく、ファンタジーに現実の手触りが加わっている。米林宏昌監督の前作『借りぐらしのアリエッティ』にも横溢していた感覚だ。

とりたててすごい冒険があるわけではないのに、潮の満ち引きのように変化していくマーニーの存在感と、目をきょろきょろしながらそれについていくアンナの躍動感。「animate」(生命を吹き込む、活気づける)のプロセスを、イチから辿り直すかのごとき物語に、新しいジブリの息吹を感じた。

「どうか、君自身の未来の他者たちが、さらに君をも正しく捉え損ね、切断し、裏切ることを、信じてくれ。そのことを喜んでくれ」

杉田俊介の著書『宮崎駿論 神々と子どもたちの物語』は、宮崎アニメと向き合った著者が子どもたちに全身全霊で語りかける本だ。杉田にとっては『無能力批評』以来、4年ぶりの著作となる。その間、杉田は介護の仕事と子育てに勤しみながら、子どものとなりでよく宮崎アニメのDVDを観るようになったという。

杉田にとっての宮崎アニメのクリティカル・ポイントは、次の箇所に集約される。

「アニメという物語商品は――それ自体が子どもたちを金銭的・魂的に喰い物にする危うさを孕みながらも――、子どもたちに『なにものにも喰い殺されるな』というメッセージを伝えるものでなければならなかった。子どもたちを喰うことによって新しい命を産み直す、という奇妙な絶対矛盾」

このジレンマに焼き付かれるような自己への厳しい視線は、なるほどこれまでの杉田の著作とも重なるところがある。

宮崎アニメを時系列で読み込んでいく杉田は、「自死を決めたナウシカが再びこの黄昏と恥辱の世界に戻ってくる、と決めたのは、王蟲によって『食べられる』という捕食の経験を通してだった」と指摘し、私を食べよ、誰かに善く食べられよ、と言う。それは「animate」の語源であるラテン語「anima」から派生した「animal」の感覚に接近する。すでに言葉や物語は、太古の昔から食物連鎖を繰り返してきたのだ。

「1+1」という数式が成立するとき、そこには両者を媒介する第三項としての「1」があるはずで。愛、家族、カネ、宗教、価値、言葉、社会――それをどう呼ぶかは人次第であり、そもそもそんなふうに名付けるのは人間ぐらいなものだが、飴屋法水による公演『教室』は、その「1」を素手で数えあげようとする演劇作品だった。

「お父さんはさー。なんで、お母さんを、選んだの?」
「近くに、いたから」
「それだけ?」

『教室』は、実際の家族である飴屋一家、つまり飴屋と飴屋の妻であるコロスケ、さらにその娘である、くるみの3人によって演じられる。家庭の場面では家族として、教室の場面では先生と生徒として。

ある日の教室、先生役の飴屋が自分の父親の骨壺を取り出し、中の骨を机の上に広げてみせる。さらにフライドチキンも取り出すと、鳥の骨はゴミ箱に捨ててしまうのに、人間の骨はなぜ捨てないのか、という問いを立てる。人間と動物の境界線はとても危うい。

「あなたは、私といて、幸せですか?」という母親の問いに父親はまっすぐには答えない。答えたくないのか、答えられないのか。その一見シリアスなシーンに、娘のくるみがイルカフロートにまたがり居合わせている。ボートの舳先に立つマーニーのようなでたらめさで。

そのとき、ぼくの頭に浮かんだのは古今亭志ん生のこんなクスグリだった。

「なんだってあんな亭主と一緒になったんだい?」
「だって寒いんだもん」

くるみがハンドルを握りクルマを運転している。最後のシーンだ。そういえば2年前、同じ場所で自転車に乗った飴屋がクルマに轢かれる芝居を観たことを思い出し、笑いそうになってしまった。くるみのクルマはガタゴトといった感じで、飴屋とコロスケからどんどんと離れていく。

(拙著『メモリースティック』より)

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