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つきない欲求と、先人のことば

わたしがいつも大切に、心に忍ばせていることばを綴ってみる。
それは、宮沢賢治が結核の闘病中に、花巻農学校の教え子へ宛てて書いた、手紙での一説だ。

僅かばかりの才能とか、身分とか財産とかいうものが
何かじぶんのからだについたものでもあるかと思ひ、

じぶんの仕事を卑しみ、同輩を嘲り、
いまにどこからか自分を所謂社会の高みへ
引き上げに来るものがあるやうに思ひ、

空想をのみ生活して
却って完全な現在の生活をば味ふこともせず、

幾年かが空しく過ぎて
ようやく自分の築いていた蜃気楼の消えるのを見ては、
ただもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ
憂悶病を得るというやうな順序です。

米田 利昭著『宮沢賢治の手紙』
「柳原昌悦あて(昭和8年9月11日)」P283


そして賢治は、このように手紙を締めくくる。

上のそらでなしに、しっかり落ち着いて、
一時の感激や興奮を避け、

楽しめるものは楽しみ、
苦しまなければならないものは
苦しんで生きて行きましょう。

米田 利昭著『宮沢賢治の手紙』
「柳原昌悦あて(昭和8年9月11日)」P284

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大量消費・ネット社会の現代に生き、日々尽きない欲望を刺激されながら、生きている私。
なかでも、永遠に果てることがないと感じているのが、承認欲求だ。

少し恥ずかしいけれど、わたしは宮沢賢治のこの言葉を、
『目先の欲求の満足だけに囚われて、日々の瞬間を生きることを忘れるな』と解釈している。

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悩みや不安、劣等感や優越感といった煩悩にとらわれず、
日々の一瞬一瞬を大事にしていけますように。
わたしは先人のこの言葉を、大切に胸にしまっておきたい。

花巻空港のちかく

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