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あゝ缶ビール (その②)

今日は寄りません。

こんなにちょこちょこ、判で押したように日暮れとなれば現れて、いじきたなく一本の酒類を小銭であがなうなどというアラフィフ男子の営為は、とてもとても、見ていて気持ちのいいものではありません。妙なあだなでもつけられたらどうするの。まったく恥ずかしい。名を惜しめ。

やぁーめた、やめた。

で、口をへの字に結んで地下鉄の吊革につかまって、目下謹厳なる帰宅の人となるのだが、だいたい安月給のサラリーマンなどという人種は、郊外に住むものと相場が決まっている。会社から電車一本で帰れるなんてスマートな人、そういない。たいていは電車をでこぼこ乗り継いで帰る。

わたしの場合、地下鉄を横浜駅で降り、JRの改札を通って横須賀線のホームを上がる。さらに最寄り駅の階段に近づくため、ホームを奥まで歩く。

この乗り換えのために要する時間はおよそ10分。距離にして数百メートル。

この間に、それは4つほどある。

それらこそ、本文の主眼なり。

それ、とは、酒類を置いている売店のことである。

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日はすっかり落ちた横浜駅。地下のコンコースの、昼をあざむくまばゆい光の中、帰宅をいそぐ老若男女の群れ。

わたしもむろんその中にあり、まなじりを決し、わき目もふらず家路を急ぐのであるが、いやでも目につくのが緑色の電光看板で、ロゴに曰く「NEWDAYS」。

見るともなしに横目で見ると、いるのである。わたしののような人生のピークを過ぎた、いやそもそも産後にピークがあったのかすら怪しい、丸めた背中にくたびれたスーツや安物のジャンバーを乗っけた男たちが。きまって腰をかがめて、ふるえる指でガラスケースから缶ビールのようなものを取り出し、卑屈にゆがんだ顔でポケットをまさぐる、哀れをさそうその猿のような姿が。

ああいやだいやだ。

いじましい。あれで会社じゃ課長だセンセイだ威張りくさっていやがるんだろう。一歩所属を外れたら、恥も外聞もありゃしねえ。これぞ日本。ビジネス・マンが聞いてあきれる。こんなんで先進国の仲間入りしているつもりなんだから、おめでたい限り。見てらんない。

で、首をふりふり足早に過ぎるのであるが、前述のごとくこのテの店が4か所もあるのである。そのうち3つはJR構内である。怒りの矛先は21世紀も数十年が経てもなお、まだ旧弊な経営をえんえんと続ける鉄道会社に向けられる。

旧国鉄、人呼んでJR。その中の、キオスクあらためNEWDAYS。グローバル企業気取って英文字ならべて、やってることは昭和のまんま。ビール、チューハイ、ハイボール。なんでもござれ。塩豆、さきいか、チーズにちくわ。おまけにつまみも充実、とくれば、こいつは気がきいてらあ。アル中にやさしい国、日本。

気づけばわたしも魚群より逸した一匹の稚魚のごとく、風にあおられぐれはま千鳥、迷い羊、糸の切れた凧、結局どこかでふらふら引っかかって、ガラスケースの前で腰をかがめるいい形。

こんな時、みなさんは、なにを選びますか。

わたしは決まって、缶ビール。

まあ、懐ぐあいによって、発泡酒のときもある、というより、正直申せば、格段に安い発泡酒の場合のほうが、多いとも言える。本文の冒頭より「缶ビールのようなもの」という曖昧なる表現の真意がここにある。ただ、ほんとうであれば、いつも缶ビールを飲みたい。群雄割拠の体をなす日本のビール製造各社が、しのぎを削り、麦を磨きぬき、職人が身命を賭して醸造したるところを、さらに世界随一の缶詰技術によって密封し、全国にはりめぐされた高度な物流機構により、こんなに手軽にお手元に届けられることを思えば、なんの百円、十円を惜しむことがあろう。

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店員さんと目を合わさぬように支払いを済ませるは、家で待つ妻子への罪悪感ゆえか。しかし手にしたる缶ビール500mmリットル入りの、そのほどよき重さの頼もしき。

行き交う乗客の、邪魔にならぬよう人群れを避けて立ち、壁を背にしてプシュ。この時のココロのたかぶりこそ祝福あれ。

ごくごくごく。プハー。

もうね、途端に人生はうつくしい。

日々、新たなり。

まさにNEWDAYSとは。

ほめたたえよ。あゝ缶ビール。

あゝたのしいな。あゝうれしいな。

上機嫌でホームを歩いていると、チューハイ片手のご同輩が、向うから黄ばんだ頬に薄ら笑いを浮かべて、乱杭歯をむきだしてひょこひょこ近づくのとすれ違う。

あゝ。明日は、やめよう。

(了)








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