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音楽エアプがクラシックの演奏会に行ってみた

 クラシック音楽をおもしろいと思ったことはあるだろうか。私はない。

 音楽にせよ絵画にせよ、古典的な芸術を楽しむためには多少なりともその界隈についての知識が必要だと思っている。

 現代には様々なコンテンツが溢れている。その中で、わざわざ古めかしい趣味を選ぶということは、その芸術そのものが楽しいのではなく、「こういうのも楽しめちゃう高尚な俺(笑)」に酔っているのではないか、とさえ思っていた。

 逆に言えば、私は「あ、クラシック好きなんだ。ふーん……」と言われることを恐れて、今まであえて音楽鑑賞を忌避してきたのかもしれない。

 これは、そんな私がクラシック音楽の演奏会に行ってみたという体験記だ。


事前に曲を予習するということ

 人に連れられて半ば無理やり演奏会に行くことになったのは、2月のことだった。

 自慢ではないが、私はほとんどクラシック音楽に触れたことがない。

 妹が高校生のとき学校の部活でバイオリンを習っていて、その定期演奏会を一回見に行った程度だ。

 ほとんど知識がないまま演奏会に臨むなど、漫画を2巻から読まされるようなもの。ミッキーマウスを知らないのにディズニーランドに足を運ぶようなものだ。

 私は真面目なので、何の予備知識もなしに演奏会へ行って、「なにもわかりませんでした。やっぱりクラシックはオワコン」などと言うつもりはない。多少予習してから聴いたうえで、「オワコン」とののしるのが筋だろう。

 演奏会前日、ネットで曲目を調べてみる。

「曲目:エルガー 夕べの歌
    エルガー チェロ協奏曲」

 学校の授業を真面目に受けて来たことだけが取り柄のインターネットオタクが中島敦を知っているように、私もまた「エルガー」の名前くらいは知っている。リコーダーで吹かされた、「威風堂々」の作者の人だ。

 曲目については本当に知らない。「夕べの歌」はともかくとして、「チェロ協奏曲」に至ってはチェロの協奏曲という情報しかタイトルに含まれていない。
 新規にもう少し優しくなった方がいいのではないか。

 YouTubeで事前に曲くらいは聞いておいた方がいいかもしれないが、私は演奏会の前に曲を予習しておくことに不安があった。

 それは、先ほど話題にあげた妹の定期演奏会のことだ。

 妹の定期演奏会は前半がクラシック、後半がポップスという構成で、クラシックに至っては全く知らない曲だったので、事前にYouTubeでプロの演奏を聞いてから行ったのだ。

 当日は驚いた。妹たちの演奏は、バイオリンを始めて半年だったのでしょうがないにせよ、おそろしく下手だった。
 事前にプロの演奏を調べて行かなかったら「こういうものか」と納得していただろうが、妹たちの必死の演奏は痛々しく、とてもかわいそうに見えた。

 あとで、事前にYouTubeで予習したことを妹に言うと、かなり怒られたのを覚えている。

 だが、今回のエルガーのプログラムはさすがにプロが演奏するものだろう。事前に予習して行っても怒る人もいるまい。
 むしろ、知らない曲ばかり聞かされて寝てしまう方が失礼かもしれない。

 そう考えて、私は「夕べの歌」と「チェロ協奏曲」をYouTubeで調べた。

 眠い。おそろしく眠い。
 「この曲めっちゃいいから聞いて」と友達に無理やり聞かされた曲が何となくいまいちだったときのような気分になる。

 曲にもエルガーにも罪はない。音楽の楽しみ方をまるでわかっていない私が悪いのだ。
 だがそれにしても……。

 不安を抱えたまま、演奏会当日を迎えることになる。

パチンコ方式の楽団に遭遇!?

 当日の札幌は雪だった。しかも、ものすごく寒い。

 雪に足を取られて転ぶおっさんを眺めながら、会場に徒歩で向かう。

 謎の岩のオブジェのある玄関。ひしめく人。

 こういう演奏会にはドレスコードがあるものだと思っていたが、だいたいみんな普通のセーターを着ている。ドレスや背広の人はほとんどいない。

 普段はドレスだが寒いからみんなセーターなのか、それともそもそも最初からドレスコードなどないのかはよくわからなかった。

 私のチケットは「ユース席」というちょっと安いやつで、25歳以下の人が使えるものだ。割引なんて、普通なら高校生以下から適用されるようなものが多いだろうから、クラシック音楽を嗜む人々の年齢層の高さがうかがえる。

 「ユース席」の場合は生年月日のわかる身分証が必要だと聞いていたので、保険証をにぎりしめて入り口の係の人のところに行ったのに、保険証は確認されることなくパンフレットを渡されて、通してもらえた。

(この日、札幌に持って行ったせいで保険証がどこかにいってしまい、今困っているのは別の話だ)

 入口をくぐった中には大きな階段があり、その先のドアをくぐるとホールになっている。

 階段の付近には人がひしめいていた。
 ホールの外の階段の下で、本番が始まる前にちょっとした演奏をやるらしい。

 大小さまざまなラッパを持った人たちが現れて、短い曲の演奏を始めた。

 私は昔からなぜか、楽器の生演奏を聴くと菓子パンが食べたくなる病にかかっている。
 今回もすぐに菓子パンが食べたくなり、抑えきれない衝動に胸をかきむしることとなった。

 このミニ演奏にはだれもお金を払っていないので、たまたま楽団員がホールの外で演奏をしていたら、たまたま客が居合わせたという体なのだろうか。
 パチンコ方式なんですかね、と同行者に言ったら怒られた。

 ミニ演奏が終わって、ホールの客席に着く。
 今回訪れた会場は「札幌コンサートホール Kitara」というところで、客席が段々畑のように重なり、舞台を取り囲んでいる。

 私の席は2階の、ちょうど舞台の真後ろのあたりだった。

 客席には柵などなく、舞台の周りにも仕切りなどない。そうしようと思えば、演奏中の奏者たちに向かってものを投げ入れることも可能だ。
 あまりに客の良心を信じ切った、性善説すぎる構造のホールだと思った。

 舞台には多数の椅子が半円状に並んでいて、奏者の人が2、3名ほど楽器の音を合わせていた。

 こんなに広いところで、こんなたくさんの人に見られながら練習をするなんて、私だったら無理だろう。
 もし私が奏者だったら、「あいつ熱心に練習とかしちゃって意識高~い(笑)」とか思われそうなのが嫌で、絶対に人前で練習などできない。(見る方は誰もそんなこと思ってはいないが)

 入口でもらったパンフレットには、即席で挟み込んだ別の紙が入っている。
 紙にはお知らせが書いてあった。

 どうも、今日出演するはずの指揮者の人が病気になってしまい、急遽別の指揮者が担当するようだ。

 プログラムも90分だったのが30分に減るため、返金してもらいたい人はここに連絡しろ、みたいなことが書いてあった。
 本来の指揮者推しの客はやっぱり返金してもらったのだろうか。そんなことを考えていたら、定刻となり、演奏が始まった。

演奏本番

 楽器を持った人たちがぞろぞろと現れた。

 全員黒い服でそろえている。黒い服ならなんでもいいのか、ドレスや背広の人もいれば、Tシャツにスニーカーの奏者もいる。

 バイオリンの席の一番前に座っている、やけに気合の入った女性が立ち上がり、楽団全員に目配せをした。

 何が始まるんだと見ていると、奏者たちが一斉に思い思いの音を鳴らし始めた。

 背筋がひゅっとなった。
 曲ではない。和音でもない。たぶん事前の練習みたいなやつだ。だが、ホールの壁に反響し、ものすごい迫力となって耳に届く。

 これ、曲が始まったらどうなっちゃうんだろう。

 舞台袖の壁が開いて、指揮者が出て来た。本来の指揮者の代打のはずだが、たたずまいが堂々としていて空気になじんでいる。

 ホール中に拍手が起こる。私も慌てて拍手をした。

 指揮者は正面に向かっておじぎをし、さっきの気合の入ったバイオリンの女性と握手をすると、全くもったいぶることなくいきなり演奏を始めた。

 なんだこれ、めっちゃ面白い。
 音が耳に心地よい。事前にYouTube予習したのと同じ曲のはずなのに、背中の奥の筋のような部分がぶるぶる震える。

 琴線。これが琴線か。
 人間の琴線は心ではなく、背中にあったのだ。

 こんなに何人も奏者がいるのに、音がまったくずれない。
 奏者たちの頭に電極が刺さっていて、電線でつながっているのではないかとすら思う。

 バイオリンの人たちの持っている棒は動きがぴったりそろっていて、さながらK-popの様相だ。

 曲の途中、小さかった音がいきなり大きくなって、びっくりした。
 
 なんということだ。この奏者たちは、まだ本気を出していなかったのだ

 その後も、音が小さくなったと思えばいきなり大きくなって、毎回背筋がきゅっとなる。そして、指揮者も奏者たちも、我々観客の背筋がきゅっとなっていることを分かったうえで演奏しているのがわかる。

 クラシック音楽にこんなにびっくり箱みたいな要素があったなんて知らなかった。

 5分ほどで1曲目が終わり、手がちぎれそうなほど拍手をしていると、舞台の奥からスタッフのような人たちがわらわらと出て来た。

 なんだなんだと見ていると、半円状だった椅子の陣形が動かされ、少し大きいドーナツ型の半円に変わる。

 そして、中心に開いた指揮者の隣のスペースにでかい板が横倒しに設置され、上に椅子が置かれた。

 拍手とともに出てきたのは、でかいバイオリンみたいなやつを持った癖毛のお兄さん。
 今から始まるのが「チェロ協奏曲」なので、あの楽器がおそらくチェロなのだろう。

 癖毛のお兄さんは指揮者と気合の入ったバイオリンの女性と握手をし、今運び込まれた板の上の椅子に腰かける。

 おそらく、次の曲はあのお兄さんが主役なのだろう。

 指揮者が指揮台に立ち、お兄さんと目配せをして曲を始める。

 再び、背中の琴線がきゅっとなった。
 チェロのお兄さんは明らかに技量がレベチなのがわかる。左手が目にもとまらぬ速さで震え、癖毛の頭を派手に動かしながら演奏している。

 30分ほどの曲だったが、ずっと面白かった。
 特に面白かったのが、曲の中で何か所かあった、いきなりでかい音が出る場面だ。

 仮に、ずっとでかい音だったとしたらここまで面白くはなかっただろう。
 小さい音があって、たまにでかくなるから面白さもひとしおなのだ。

 今回の曲は長かったので、チェロのお兄さん以外の奏者たちを観察する余裕もあった。

 舞台の前の方のバイオリンの人たちは出ずっぱりで忙しそうだが、後方のラッパや太鼓の人たちは基本暇そうに座っている。そして、音がでかくなるここぞというときだけ楽器を使うのだ。

 太鼓の人が身構えると、そろそろ盛り上がりが始まる、ということがわかるようになった頃合いで、曲が終わった。

 割れんばかりの拍手。
 チェロのお兄さんが笑顔で退場していく。

 もう終わりか、と寂しくなっていたら、再びお兄さんが出て来てびっくりした。

 もしやこれがアンコールというやつか。と見ていたら、なぜかお兄さんは何もせずにまた舞台袖に戻っていく。

 もしかしたら、お兄さんは舞台の上になにか忘れ物でもしたのだろうか。うっかりさんなのかもしれない。
 そう思った瞬間、また再びお兄さんが現れる。

 どういう理由かは知らないが、お兄さんは舞台袖と舞台の中心を5回くらい行ったり来たりした後、短いソロの曲をおまけで演奏してくれて、そして本当に帰って行った。

感想など

 演奏会が終わった後、私は入口の謎の岩のオブジェに腰かけて、ぼんやりと同行者がトイレから戻ってくるのを待っていた。

 めちゃくちゃに面白かった。クラシックなんてと思っていたが、ホールで聴くとこんなに面白いなんて。
 耳ではなく、目でも楽しめたし、雰囲気も居心地がよかった。

 また機会があれば、行ってみたいと思う。

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