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回文ショートショート8『伝説のYouTuber』

ある調査によると、いま男の子のなりたい職業第1位がYouTuberなのだそうだ。
そんな、猫も杓子も動画投稿に血道をあげる風潮の中、他とは一線を画した、孤高のYouTuberがいた。
ハンドルネームはワンタン師匠。

彼の動画の特徴はこうだ。

いま、テレビが困難な状況に陥っている。スマホや映像配信サイトの進化などの影響で、人々の余暇の過ごし方が多様化し、日を追って視聴者数が減少しているのだ。
なんとワンタン師匠は、そのテレビの苦境に追い打ちをかけるかのように、番組制作の裏側を暴露するような動画を投稿し続けているのだ。
といっても彼は「中の人」ではない。
最近のテレビの重要な手法である、屋外での撮影、いわゆる「ロケ」の現場を見つけてひそかに近づき、制作側が見せたくない裏の部分をこっそり撮影・投稿するのだ。

偶然インタビューに応えた大阪の豹柄オバチャンが、実はタレント事務所に所属していることを突き止めたり、「アポなし」で訪れた店にその後聞き込みして、実は事前にスタッフから内緒でアポがあったことを聞き出したり•••。

そんな映像の投稿を続けていた彼の作品の中でも、伝説の1本がある(続けていた、と書かなければならないのがとても悲しい)。

それは、コンプライアンスの厳格化で最近減っていた、お笑い芸人のいわゆる「体当たりロケ」を、隠し撮りした映像だった。

場所は、大都市近郊のある川べり。
その企画は、お笑いタレントが鵜匠と鵜に扮し、キレイとはいえない都会の川の中で、鵜飼の光景を再現する、というものだった。
鵜の着ぐるみを着ているのは、最近時々テレビで見かける若手芸人。そして鵜匠の扮装をしているのは、ウドちゃんとして親しまれているベテラン人気芸人だった。

ワンタン師匠のカメラは、はじめ、撮影前の打ち合わせ風景を遠目に捉えている。
しかし何やらその空気は穏やかではない。どうやらウドちゃんが、ディレクターに何かを懇願しているらしい。カメラがこっそり近づくと、ようやくそのやりとりが聞こえてきた。

  「絶対こっちがおいしいもん」

  「でもここ清流じゃないですし、
   臭いですよ
、水」

  「臭くてもいいって、やらせてよ、鵜!」

  「いやそれは僕ら若手の仕事でしょ!
   台本どおり僕やりますよ、ね、先輩!」

  「だからその先輩が言うんだから
   言うこと聞いてよ
   オレは鵜がやりたいんだよ!」

どうしても鵜匠ではなく鵜がやりたい。ウドちゃんは、スタッフと若手に頭を下げ、乞い続ける。

  「お願い!」

  「困ったなあ」

ここでADらしき若者がワンタン師匠のカメラに気づき、突進してくる!•••直後カメラが大きく揺れ•••映像は唐突に途切れる。

・・・作品はここまでである。

この動画の再生回数は、ワンタン師匠のチャンネルの中でも、最高となった。
タレント・スタッフの赤裸々な駆け引きのドキュメントは、テレビを叩くどころか、結果的に、制作現場の真摯な情熱をリアルに伝えていた。

しかし、この作品を最後に、ワンタン師匠の動画投稿はプッツリ途絶えたのだ。

燃え尽きたという説もある。
ワンタン師匠死亡説もある。
だとすれば、いったい原因は何なのか?

臭い水を厭わず鵜を乞うベテラン芸人の情熱。
図らずもそれが遺作となったYouTuberの運命。
真実がどこにあろうと、人間は美しい。


臭いがウド鵜乞う投稿動画、遺作?

くさいがうどうこうとうこうどうがいさく

もちろんこのお話はフィクションで、実在するあるいは類似する人物とは一切関係がありませんw

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