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一人芝居に監督が酔うのも、いい加減にしろよ。 仲代達也主演「海辺のリア」。

小林政広監督が、「春との旅」「日本の悲劇」に続いて仲代達矢を三度、主演に迎えて描いた2017年の映画「海辺のリア」
仲代達也が演じるは、かつては大スターとして映画や 舞台で活躍した桑畑兆吉。認知症の 疑いがある兆吉は、家族に騙され、遺書を書かされた挙句、高級老人ホームへと送り込まれる。ある日、その施設から脱走した兆吉は、シルクのパジャマ姿にコートをはおり、スーツケースをひきずり、あてもなく海辺をさまよう。

なんとなくお分かりの通り、本作は仲代達也のシェイクスピア俳優としての側面、および過去の主演作、言わずと知れた黒澤明監督「乱」を下敷きとしている。意義込は立派だった、が。

結論から言ってしまえば、監督がやりたいことと、観客が見たいもの、この二つが完全にズレている。

監督は「春との旅」「日本の悲劇」で余程、仲代達矢に惚れ込んだのだろう。本作では、何よりも第一に、仲代達矢に気持ちよく演じさせることに徹している。
この粋な計らいが、映画をぶち壊しにしている。
「20年前に引退し、今や忘れ去られた役者」という設定も、「現在は老いて、心を病んで、遺産も奪われ、老人ホームに住んでいる」という設定も、全て仲代達矢の浜辺での一人芝居をこしらえるためにある。
その目論見は、「一人芝居」を徹底的に魅せる代わりに、ストーリーを空中分解させている。

かつて仲代達矢が演じた舞台「バリモア」も一人芝居だった。
そこでは、老いて病んでも舞台に立って「リチャード3世」を演じる他ないジョン・バリモアの悲壮感が、一人芝居の中に落とし込まれていた。
バリモアの生き様が、仲代達矢の血肉と重なるところがあったのだろう。
鑑賞した後私は、仲代達矢の生き様と、生涯現役の意思に対し、心から敬意が湧いたものだ。

本作で監督は、どこか閉鎖的で、寂れて、汚らしく、お世辞にも立派な書き割りにはならない千里浜を後景に、仲代達矢に一人芝居を演じさせる。
魚眼レンズを介し、その異形のみがグロテスクに我々に突きつけられる。
そこに、リア王のような、老残の一人語りはない。
一文字棟梁のような様式美もない。
一人芝居を行う仲代達矢の意味を持たない、空虚な演技があるのみだ。
「老人のうわ言」を描くのなら監督の意を得たり大いに結構だが、我々が仲代達矢に期待するのは「仲代達矢が映画を通して何を語る」か、だ。
「肌寒くなるような、悪党だけが持つ」冷酷さでも良い、
「長距離ランナーのような、図太い」狂気でも良い、
「最後まで自己の信ずる道を貫く」誠実さでも良い、
見終わった後に、我々を心震わせ、我々を慄かせる、半世紀以上にわたってナニモノかを見せて欲しかったのだ。
もし、半世紀にわたる俳優生活の果てに魅せるのが「乱を遥かにスケールダウンさせた」老醜ですらない空虚であるというのなら、それはチト寂しすぎる。

登場人物が多いのに、ストーリーが飲み込めないのもマイナス。
どうやら兆吉と彼の親族:4人を巡る物語らしいのだが、4人それぞれが勝手に動き回って、勝手に期待して、勝手に絶望して、勝手に完結している。
過去を匂わせる部分があるが、それがなんだという感じ。
「リア王」よろしく、心を病んだ兆吉を巡る親族の闘争のドラマを期待すると、大いに肩透かしを食らう。
一役者としてなら、阿部寛は「舞台よりも娘婿の立場という安定を選んだ葛藤、そして師匠愛」で、本作の登場人物で一番共感できるものを持っている。
原田美枝子は「まるでゴネリルやリーガンを思わせる憎たらしいほどの悪女」で、僅かな出番ながらも、仲代達矢の存在感と拮抗している。
大変なのはこの三大役者に挟まれた黒木瞳である。
本来仲代達矢の孫娘として、祖父を憎みつ愛しつの複雑な人柄を演じられるはずが、「ただ泣き喚く癇癪持ちの女」としか映らず、仲代以上の訳の分からない存在になってしまっている。
あまりに、もったいない。

千里浜ドライブウェイ、山の中の一本道、自宅、老人ホーム。
登場人物はこの四箇所をさまよい、ワープし、すれ違う。
すれ違うのは良いのだが、「観客が見たかったもの」とすれ違ってしまうのは情けない。私たちが見たかったのは、「春との旅」「日本の悲劇」に続く、超高齢社会の今を見つめる、(敢えて名付けるならば)仲代三部作・完結編だったはずなのだが。


  【スタッフ】
監督 小林政広 脚本 小林政広
  【キャスト】
仲代達矢 桑畑兆吉
黒木華  伸子
原田美枝子 由紀子
小林薫  謎の運転手
阿部寛  行男

本作は2017年8月11日、キネカ大森にて鑑賞した。まさかこれが小林政広監督の遺作になるとは…思わなかった。

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