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「カトリックが絶滅するまで、アイルランドに平和はない!」_"CROMWELL"(1970)

オリバー・クロムウェルは17世紀のイギリスの政治家および軍人で、イングランド共和国の指導者。その名声は、19世紀、かのゲーテと友誼を結んだ歴史学者ロバート・カーライルの伝記によって世界中に知られ、日本でも内村鑑三が、聖書と並んで自身の影響を受けた書籍として挙げていて、じじつ内村自身が

今日のイギリスの大なるわけは、イギリスにピューリタンという党派が起ったからであると思います。アメリカに今日のような共和国の起ったわけは何であるか、イギリスにピューリタンという党派が起ったゆえである。しかしながらこの世にピューリタンが大事業を遺したといい、遺しつつあるというは何のわけであるかというと、何でもない、このなかにピューリタンの大将がいたからである。そのオリバー・クロムウェルという人の事業は、彼が政権を握ったのはわずか五年でありましたけれども、彼の事業は彼の死とともにまったく終ってしまったように見えますけれども、ソウではない。クロムウェルの事業は今日のイギリスを作りつつあるのです。しかのみならず英国がクロムウェルの理想に達するにはまだズッと未来にあることだろうと思います。彼は後世に英国というものを遺した。合衆国というものを遺した。アングロサクソン民族がオーストラリアを従え、南アメリカに権力を得て、南北アメリカを支配するようになったのも彼の遺蹟といわなければなりませぬ。

「後世への最大遺物」青空文庫

と熱弁ふるって讃えた、議会制民主主義の発展に寄与した人物、表向き清廉潔白の英雄。
他方で、権力を握った後は、反対派や煩い連中を容赦なく弾圧する独裁者へと変貌。グローブ座ほか多くの劇場を閉鎖に追いこんでシェイクスピアから連なる英国演劇の伝統を一度絶やし、アイルランド併合・スコットランド侵攻を行い多くのカトリックを弑逆した側面も持つ。

そんな「大英帝国の魁となった」キーパーソンであるクロムウェルが、時代に立って自分の独立思想を実行し、ために徐々に暗黒面へと堕ちていく様を克明に描いた1970年のイギリス製史劇映画『クロムウェル』(70年、ケン・ヒューズ) より。
リチャード・ハリスがクロムウェルを、アレック・ギネスがチャールズ一世を演じる。
物語は、チャールズ一世と議会との対立に始まり、それが内乱にまで発展し、王が逮捕され、斬首刑に処せられるまでを描く。


王は塗油されると「君主のキリスト」になり、王にたいする罪は神聖を汚すこと。かくのごとき自らの神聖を信じて疑わないチャールズ一世は、部下に命じて、コモンズすら農民から奪い取ろうとする乱暴者にして簒奪者。本人に悪気はなく、むしろ王として当然の行為と思っている始末。
これに異議申し立てるクロムウェルは革命家として描かれている。少なくとも序盤は。

いや、革命家というのはとかく後ろめたく薄暗い内面を抱えているものだが、クロムウェルも例外ではない。「まだ」忠誠を誓っていたチャールズ一世との会談の場で、クロムウェルは

King Charles: Mr. Cromwell, you are impertient.
Oliver Cromwell: Such issues are beyond good manners, sir. Catholicism is more than a religion. It ia a political power. Therefore, I am led to believe there will be no peace in Ireland until the Catholic Church is crushed.

IMDBから引用

「カトリックが絶滅するまでアイルランドに平和はない!」と、内面に秘めている狂信、いや狂気を発露する。
この台詞に代表される様にクロムウェルの行動は最後まで一貫している:神の国を作る。それが、彼自身を、誰にも望まれかった立場、誰にも求められなかった行為へと誘っていく。

議会無視の政権を行う王党派(国王支持派)と議会派(議会支持派)が政治的対立の挙句、イングランド内戦(1642-1651)を始める。見事なコスチュームプレイによる、優雅で悲惨な中世の戦争が淡々と描写される。
最初は優勢だった王党派も、議会派の指導者の一人として活躍、ニューモデル軍として知られる新しい軍隊を組織したクロムウェルが、めきめき頭角を現すにつれて、次第に劣勢に立たされる。議会派は「いつどの戦場でも存在する」無能なトップ、ダラ幹たちを解任し、その軍事的才能と決定力を信じてクロムウェルを重要な戦場の司令官に任命する。

他方で、チャールズ一世は、勝利のためには手段を選ばない。隣国のスコットランドに当時カトリックであるフランス、果てはアイルランドとさえ手を組もうとする。 アイルランドと聞くや否や「クロムウェルの方がマシだ!」と反駁する家臣。「悪魔と手を組む!」と断言する国王。
一族に任せていた重要拠点が失陥したために、それも夢の泡となる。

内戦は議会派が勝利して、めでたしめでたし…ではない。
議会派の指導者のひとり:第二代マンチェスター伯爵エドワード・モンタギュー(演:ロバート・モーレイ)が音頭をとって、議会のイニシアチブが認められたのだからと「軍を解散することと引き換えに」国王と和議を結び妥協することに、大勢が傾く。
「何のために兵士たちは死んだのだ!?」 軍権握るクロムウェルは苛立つ。だから、手駒の兵士を議会の中に送り込んで、多数決を覆す。走る思いが起こした一挙:正しいことをしたつもりが、これが彼にとって、独裁への第一歩となる。

方や、ニューモデル軍配下の兵士たちは「国王打倒」の抗議活動を始める。いまやクロムウェルは共和国の指導者のひとり。チャールズ一世はあくまで忠誠を尽くすべき人物だし話せば分かる人物と思っている。だから王があっての民主主義を、物おじせず直に王に進言したひと。
そして息子には

Oliver Cromwell II: Do you think it could come to war, Father?
Oliver Cromwell: Well, Oliver, when men run out of words, they reach for their swords. Let's hope we can keep them talking.

IMDBから引用

剣ではなく話し合いを。物事がこじれても最後の最後まで交渉を行うべき、と教育を行った父親。
いまが大切な時、ここで配下の足並みが乱れてはかなわない。まして暴力による権力簒奪など。だから粛軍として、抗議活動の中核から3名を「くじ引き」で死刑にするよう、命じる。
しかしこの命令を下した直後、クロムウェルはチャールズ一世と議会派の一部が結んだ、裏切りに近い密約を知る。慌てて踵を返すも、しかし処刑は無事終了。 彼の中で、全てが壊れていく。
裏切られた彼の決意は、もはや固い。「国王死すべし」と。

1649年、クロムウェルはチャールズ1世を裁判。こと裁判の場でも、チャールズ一世は、まさか己を処刑するとはできまいと、あくまで余裕しゃくしゃく。裁判の場の大勢も、国王の首を落とすことには誰もが反対。しかしクロムウェルは。

Oliver Cromwell: In the name of God! Did we cut the head off this King only to steal his crown? This hollow golden ring, this worthless trinket? Give it to a whore for the price of her bed!

trinket · 小さな[ちょっとした]アクセサリー[装身具{そうしんぐ}]、安物{やすもの}の宝石{ほうせき}

「神の名において」「すべて民衆のため」とつぶやき、正規の法的手続きも無視した彼一人の独断に近い形で、国王を絞首刑に処する。独裁者への第二歩。
権力に固執し歴史のターニング・ポイントを認識することができずに自滅に近い結果となったチャールズ一世は、報いとはいえ大いに狼狽え、他方でクロムウェルの独断に異議申し立てもできず鎮痛の面差しのひとびと。
振り下ろされる斧。じっと目を伏せるクロムウェル。そんなクロムウェルを何も言わずに睨みつける人々の対比が、じつに哀しい。

イングランドは共和国となり、クロムウェルは議会の首班である議長に就任するも、兵士たちに支持されない議会は、とても公論を代表する場とは言えず、運営はすぐに袋小路に陥る。
結局クロムウェルは自らの軍事力を盾に1653年に議会を解散、イングランド共和国をプロテクタート(保護国家)として統治。最後、王座に座らされるクロムウェルは、何者も許しはしない孤独の王となってしまっている。

民主主義の理想に燃え、正義を貫く不屈の闘志を持つが故に、ときとして周囲に軋轢を生みながらも、リーダーシップを発揮して国を導いていったはずのクロムウェルが、結局は事実上の独裁者と変貌するまでを、リチャード・ハリスが微笑ひとつみせずに渋く演じている。
製作当時は政治の季節。戦前より数多く制作されていたエピック・フィルムも、また、変貌を迎えていた。1966年製作、16世紀末反逆罪で処刑された(こちらは正真正銘の)聖人:トマス・モアを素材に「わが命尽きるとも」は「権力との相克」を描いた。
本作で描かれるのは、ずばり「権力を倒したものが、結局権力と同化してしまう」人間の摂理にして悲劇。史実、この後クロムウェルが国王と同等、むしろそれ以上に権威を振り翳すことを予感させて、大いなる陰りの中で、映画は終わるのだ。


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ドント・ウォーリー
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