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アルベール・ラモリス監督「白い馬」_ただただ、美しく、瑞々しく。

白い馬に跨り凶暴なドラゴンと戦った聖ジョージ。8本の脚を持つ白い馬スレイプニルに跨るヴァルハラの神の一員、オーディン天照大神は岩屋から出てくる際に白い馬を使い、中国は高祖劉邦が白馬を贄に勝機を誓い、三国志の時代公孫瓚白馬騎従で名を知られた。このように、白い馬はしばしば英雄的な象徴、王者猛将の相棒として描写される。
他方で、「スーホの白い馬」はじめ、この世に長くはいられない、薄命、いや、現世での存在が覚束ない、幻のような印象をも、持ち合わせている。

2つのイメージに共通するのは、神秘性というべきものだろうか。

本作は、白馬にまたがり王者を超えて神となり、そして神秘と共に去っていく、少年の物語である。台詞がなく映像だけで綴られる点が、その神話性、独特の世界観を確固たるものとしている。



南フランスの片田舎を、野生の馬の群れが駆けており、カウボーイたちはこの馬の群れを高く売るために捕獲しようとする。それを邪魔するのが、群れを引き連れて広い砂浜を颯爽と疾走するリーダー的存在の白い馬「クランブラン」だ。
馬を射んと欲すれば先ず将を射よ。至って目を惹くから、なおさら、捕まえたくなる。カウボーイたちは、この白い馬を捕獲しようと何度か試みるが、いつも失敗に終わる。

海際の石造りの白い家に祖父や妹とともに住んでいる少年は、家族の面倒、飼っているアヒルの世話、そして本業である漁に、糊口をしのぐために追われている。
自身が縛られているからこそ、自由に走る白い馬は憧れ、どころか尊敬の対象。 大人たちを引き離して群れごと海岸を疾走するのを、うっとりと見つめている。

ある日、妹が藁の敷物の中に眠る傍で、疲れた少年は壁にもたれかかって日差しのなか、うとうと眠りにつく。夢に見るのは、白い馬を浅瀬で曳いていく、自分自身の姿。
夢から醒めた後、少年は、小川にかかる木橋のたもとにかけたビクの回収に向かう。そこで、あこがれの白い馬と邂逅する。馬はのんびり、水を飲んでいる。少年は、後ろからそっと近づく…しかし逃げられるのだった。

少年は浅瀬で白い馬と再会する。こんなこともあろうかと、縄を用意しておいた。少年は白馬の首に、縄を引っ掛けることに成功する。しかし、慄いた馬は逃げ出し、少年は干潟を引っ張られるままとなる。それでも、せっかく手の中に捕えたぼくの憧れ。少年は、手を離さない。
何を思ったのか、馬は足を止める。首を回して、背後の少年をちらりと見つめる。馬は心を許したのか。
少年は馬の首筋を、次いでその美しいたてがみを撫でる。馬は警戒することもなく、穏やかな眼差しで少年を見つめ返す、

心が通じた、気がする。

少年は自宅の納屋に馬を匿い、妹の協力を得て、わらのなかに馬を隠す。



4人のカウボーイは、クランブラン不在の隙を狙って、野生の馬の群れを一網打尽にする。白い馬はそれを見逃せず、納屋をこっそり抜け出し、彼らの行く手を追う。…しかしカウボーイたちは、白い馬の動きを見越していた。
西部劇さながらの追い回しの末、カウボーイたちは柵の中に白い馬を閉じ込めることに成功する。とどめとばかりに、縄を首に引っ掛け、柵の中から逃げられないようにしようと、試みる。

しかし、野生の白馬はたくましい。
たかが縄ひとつでは、1人はおろか、4人の大人がかりでも彼を止めることはできない。柵を飛び越えあっさりと、脱走に成功する。
それでもさすがに疲労した白馬が、浅瀬で休んでいるのを発見して、カウボーイたちは自ら騎乗して追跡を再開する。これも軽く蹴飛ばして、いなして、再び逃げ出すのだった。

馬に逃げられた少年は、悲しんでいた。そこに右前脚に怪我をした白い馬が戻ってくる。喜びもそこそこに、少年は傷を水で拭い、彼に、飼葉を与える。



カウボーイたちはなおも執拗に追いかけて来る。手負いのクランブランに休息の時間はなく、少年の傍を申し訳なさげに発って、逃亡を再開する。
ひとまず白馬は草叢に身を潜め、辺りの様子を伺う。
見つからない、ならばと、カウボーイたちは草むらに火をつける。その立ち上る煙が、少年の家からも見える。
馬は立ち往生する、いてもたってもいられなくなった少年がその側に駆け寄る。とっさに騎乗すると、火の輪を抜けだすことに成功する。

干潟を堂々と馬で駆る少年。
偶々見つけた兎を、面白がって追い回す。これがなかなか捕まらない。少年と馬、心が一つになったふたりは、このまま永遠であってほしい、しかし束の間の遊びの時間を、一緒に過ごす。

しかし、彼らに残された時間は少ない。



クランブランの姿を見失ったカウボーイたちは、干潟にたどり着く。ふと丘の上を見ると、少年が木陰の下で、兎を焼いているではないか!
カウボーイと少年、飼いならされた馬と野生の馬の追いかけっこ:満潮近づく干潟の上の疾走が始まる。

海辺に追い詰められた少年と白い馬は、海に入ると沖へ沖へと泳いで行く。さすがの大人たちもまずいと思い「戻って来い」と声をかけるが…

やがて少年と白い馬は波のかなたへ消えていく。

それで、映画は、終わりだ。


古代ギリシャのアレクサンダー大王が、白い馬のボゥケファロスを手に入れたという逸話がある。アレクサンダーは、この馬が怖がりやすくて手に負えないと言われていたが、彼は馬の前に立ち、風に向かって歩くことで馬の注意を引き、最終的に乗ることに成功したと言われる。
本作は、白い馬、少年、干潟、カウボーイ、南フランスの太陽、以上の要素を、野原を気ままに走る馬の群れの朴訥とした撮り方、ジョン・ウェイン的=黒澤明的な馬の走らせ方、カッティングで切り取り、まさにこのアレクサンダー大王の逸話のような、神秘的な、英雄的な物語を演出することに成功している。
そこまで語らなくとも、ちょうど少年の夢に象徴されるように、はかなく、夢の世界に旅立っていく、ユートピア的な、瑞々しい感覚に躍動しているのは、間違いない。
たった47分の映像だけで雄弁に語る、前後にない傑作だ。

監督 アルベール・ラモリス
脚本  アルベール・ラモリス
製作  アルベール・ラモリス
出演者 アラン・エメリー
音楽  モーリス・ルルー
撮影  エドモンド・セカン
編集  ジョルジュ・アレペ

本記事のサムネイルはCriterion公式サイトから引用


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